コラム

イースターで思い出すアイルランド反乱の歴史

2016年03月31日(木)19時15分

 アイルランドには蜂起以前から強力な愛国政党が存在し、イギリス議会に議員を送り込んでいた。彼らはアイルランドの自治拡大をめぐって反対派と交渉を繰り広げていた。ようやく1914年にアイルランド自治法案が可決する見通しとなったが、第一次大戦が起きたために延期された。だがイギリスがアイルランド人のためにアイルランドの状況を改善し、何十年にもわたる要求の多くを実現させようと真摯な努力をしていたことは明らかだ。

 イースター蜂起によって、この流れは突然終わった。過激派と「武力行使の伝統」が幅を利かせるようになり、武装闘争という手段を使ってアイルランドのイギリスからの完全独立を要求するようになった。続くアイルランド独立戦争の際には、イギリス警察などイギリスの権力機構で働いているという理由で、多くのアイルランド人が「裏切り者」として殺害された。

【参考記事】アイルランドとイギリスは意外に友好的

 アイルランドの建国神話によって、1916年の反乱軍はアイルランドの自由のために命を捧げた者たちとなり、彼らの理想は神聖なものになった。これは学校で教えられるし、アイルランド人の文化にもしみ込んでいる。子供の頃に行ったファミリーパーティーで、1916年の蜂起の英雄たちや、それ以前にも以後にも自由のために戦って死んでいった多くのアイルランド人を称賛するアイルランド音楽を初めて聴いて、僕はこの事実を「教わった」。

 現在に至るまで長年にわたり、IRA(アイルランド共和軍)暫定派を代表格とする数々の武装集団は、自分たちこそがイースター蜂起の真の後継者だと主張してきた。それ以外は全員、イースター蜂起の理念を踏みにじった「裏切り者」だと。

史上最高レベルの友好関係

 アイルランド人を祖先に持つイギリス人の僕は、2つの国の歴史について複雑な感情を抱いている。イギリスはアイルランドに、失政や悪行など記録しきれないほどのひどい仕打ちをしてきた(とりわけ100万人以上の餓死者を出した19世紀のジャガイモ飢饉への対応にはゾッとさせられる)。

 子供だった僕は、邪悪なイギリス人にいじめられているアイルランド人の味方になりたいと、ごく自然に考えた(断っておくけれど、考えていたのはアイルランドのために死ねるかどうかで、アイルランドのために人を殺せるかどうかではない)。

 だけど同時に、イギリス人は植民地を苦しめた「怪物」というだけではなかったとも思う。当時の英政府はアイルランドの要求を受け入れてアイルランド自治法や土地改革法やカトリック教徒解放令を制定し、最終的にはアイルランド独立を認めるに至った。

 アイルランドの独立後、アイルランド市民は自由にイギリスに来たり、住んだり、働いたり(EUが生まれるとっくの昔にだ)、イギリスの選挙で投票できるようになった。僕の家族は1940~50年代にアイルランドから移住し、イギリスで成功した。

 今日のアイルランドでは幸いにも、イースター蜂起の歴史は慎重で冷静に語られている。イギリスとアイルランドの関係はこれまでにないほど良好だ。だから子供時代の僕の奇妙な葛藤は、今となってはなおさら奇妙なことだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の出生権主義見直し、地裁が再び差し止め 

ワールド

米国務長官、ASEAN地域の重要性強調 関税攻勢の

ワールド

英仏、核抑止力で「歴史的」連携 首脳が合意

ビジネス

米エヌビディア時価総額、終値ベースで4兆ドル突破
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 8
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    昼寝中のはずが...モニターが映し出した赤ちゃんの「…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story