コラム

元駐ウクライナ大使、大いに陰謀論を語る

2022年04月12日(火)18時00分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<元外務省キャリア官僚、元駐ウクライナ大使が陰謀論を語る......日本の安全保障、外交について一抹どころではない不安を覚えた>

今回のダメ本

ishido-web220412-02.jpg『「反グローバリズム」の 逆襲が始まった』
馬渕睦夫[著]
悟空出版
(2018 年6月14日)

当コラムの毎回のイラストは「頭を抱えた人」である。実のところ、当コラムで取り上げてきた本の中でも、本当の意味で頭を抱えたものはそう多くはない。どの本も読めばどこかしら「なるほど」と思わされる点があるからだ。

本書は私の予想以上に頭を抱えさせてくれた1冊である。同時に、私も大いに大切だと思っている日本の安全保障、外交について一抹どころではない不安を覚えた。

著者の経歴はこうだ。1968年外務省入省、71年にケンブリッジ大学経済学部を卒業。代表的な肩書は駐ウクライナ大使で、外務省退官後、2011年まで防衛大学校の教授を務めている。ロシアによるウクライナ侵攻によって、かつてないほど注目されている分野において、これだけの経歴があれば「専門家」と呼ばれてもおかしくはないだろう。

だが、そんな著者が冒頭から展開するのは、「ロシア革命も二度の世界大戦も世界統一を目指す国際金融資本の意向によって動かされてきました。そして、国際金融資本の標的の中心に位置していたのがロシアなのです」という謎の歴史観だ。彼は歴史的な事件や背景に国際金融資本なるものがあり、それが世界を牛耳っているという思考を全く隠そうとしない。陰謀論ではおなじみのユダヤ陰謀史観の1つの類型と呼んでもいいだろう。彼は、こうした自身の見解が「歴史修正主義者」と批判されたと恨めしそうに書いているが、批判こそ正しいのだ。

出版は18年なので、さすがに最新情勢はカバーしていないが、2010年代に入ってからのロシアによるクリミア併合や、親欧米派と親ロシア派の間で揺れ動いたウクライナ情勢には一応の言及がある。その結論はといえば、「私はこの一連のウクライナ問題は、プーチン追い落としを狙っている国際金融資本家の僕(しもべ)であるネオコンが関与したクーデターだと見ています」「ことさらプーチンを貶(おとし)め、プーチンを排除することでロシアを支配して、最終的には世界を制することを夢見ている」というものだ。もはや、ここまで陰謀論に染まってしまってはどんな批判や反論も届かないだろう。

プーチン、トランプ、安倍晋三と18年当時の日米ロの首脳が手を結び、反グローバリズムという理念で共同戦線を張ってほしいという著者の願いだけは伝わった。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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