コラム

反ワクチン本の驚くべき「テキトー」さ

2021年11月16日(火)17時33分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<日本でコロナワクチン接種は順調に進んだが、反ワクチン本ビジネスもそれなりに盛り上がった。その代表作の1つ『コロナワクチンの恐ろしさ』の驚くべきいい加減さが今、白日の下に>

今回のダメ本

ishido-web211116-2.jpgコロナワクチンの恐ろしさ
高橋 徳、中村篤史、船瀬俊介[著]
成甲書房
(2021年7月30日)

日本の新型コロナワクチン接種状況を見る限り、科学者、医療従事者、政治の呼び掛けの圧倒的勝利と言っていいだろう。大手メディアも含めて、ワクチンに対して疑義を呈するような報道はほとんどなく、11月に入った時点で少なくとも1回目の接種を終えた人は人口全体の8割弱、ハイリスクと言われる65歳以上の高齢者に限れば90%が2回目の接種を終えた。医療者の中には「日本はワクチンへの信頼性が低い国」という論調が出ていたが、ふたを開けてみれば大多数の人々はなんの問題もなくワクチン接種を希望し、あっさりと打ち終えた。

得られた教訓は、政治が強力なリーダーシップで接種を進めれば多くの人は呼び掛けに応じるというものだ。その中で気になるとすれば反ワクチン本ビジネスの隆盛である。ワクチンを打たない層は少数派ではあるが、人口の1〜2割はいる。この層にきちんとリーチして、その中の何人かに1人が1000円前後の本を買えば、ヒット作が生まれ、稼げる。本書もその中の1冊だ。

筆者の1人はリベラル雑誌「週刊金曜日」発の大ヒット作『買ってはいけない』でおなじみ、船瀬俊介氏である。最近も相変わらず精力的に、アメリカの不正選挙を告発したり、彼しか知らない「真相」を書いたりしているようだ。本書も検証不可能な陰謀論とトンデモ仮説のオンパレードだ。

船瀬氏は冒頭からエイズ、鳥インフルエンザ、SARSは全て生物兵器であり、あらゆるワクチンも生物兵器と断言し、ワクチンを打つと9週間後に新型コロナウイルスの培養器になり、殺人マシンになるという説を紹介する。

まともに論評するのもばからしくなってくる。だが、彼が出版を続けていることもまた事実。これも社会の一側面だ。頭を抱えたくもなるが、この手の陰謀論をなくすことはできない。この間、社会科学分野の研究で繰り返し確認されてきたのは「陰謀論を信じる人は特異な人ではない」「人は見たい現実を見る」という当たり前の事実だから。

その意味では、新型コロナワクチンで得られた教訓に、陰謀論と対抗する希望が宿ると言えるだろう。一部残る反ワクチンビジネスの影響を少なくするために必要なのは、論駁に加え、ワクチン接種を希望する人を増やすための愚直な呼び掛けと体制整備であることを教えてくれたのだから。ところで、本書には衝撃の後日談があった。版元である成甲書房のホームページにはこうある。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正-FRB議長人選、2次面接終了へ クリスマス前

ビジネス

午前の日経平均は続伸、一時1000円超高 米株高を

ワールド

原油先物は小幅反発、ウクライナ交渉進展受けた1カ月

ワールド

NZ中銀が0.25%利下げ、景気認識改善 緩和終了
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story