コラム

「2度の総選挙への干渉を経験」カナダの調査委員会が提示した偽・誤情報対策の衝撃

2025年02月21日(金)14時31分

この報告書には多くの重要な指摘が含まれているが、その中でも特に重要と思われる2つのポイントがある。

・外国からの干渉による影響はほとんどなかった。少なくとも2019年と2021年の総選挙の結果に影響がおよんだ可能性はほとんどない。

過去に何度か記事(見直しが始まった誤・偽情報対策 ほとんどの対策は逆効果だった?)に書いたが、偽・誤情報やデジタル影響工作による影響は検証されていない。


そして、最近の偽・誤情報やデジタル影響工作のレポートのほとんどには、「影響はほとんど確認できなかった」といった内容の1文がついていることが多い(「中には影響が広がる前に阻止した」という表現もある)。

たった1行なので目立たないが、影響がほとんどなかったものをレポートにまとめて公開しているということになる。
その一方で政府や報道機関は、「民主主義への脅威」などの曖昧な表現でその影響力が甚大であることを強調してきた。

政府や報道機関は実態を反映しない主張をしてきたと言えるだろう。影響がほとんど確認されていない実態と脅威の誇張は、存在しない脅威に対する、根拠のない対策につながる。

今回のカナダのレポートは政府機関が外国からの干渉の影響がほとんどなかったことを認め、それを前提に問題の全体像をとらえ、評価し、改善策を提示している。

・2023年、国民の間に外国からの干渉への懸念と政府への不信感が増大した。その主たる原因はインテリジェンス機関からの不完全な漏洩情報を元にした報道だった。外国からの干渉によってもたらされた影響でもっとも大きかったのはメディアの不完全な報道だった。

実はこの調査委員会の発足に先立ち、外国からの干渉にはほとんど影響がなかったという、外国干渉に関する独立特別報告が行われたが、多くの国民はこれに納得せず、メディアも外国からの干渉の脅威を訴える報道を続けていた。

偽・誤情報にはそのもので「騙される」という影響があるだけでなく、「偽・誤情報が拡散されている」ことを知って全ての情報に不信感や警戒心を抱くようになるパーセプション・ハッキングという効果がある。

パーセプション・ハッキングが進むと、あらゆる情報を疑い、民主主義そのものにも不信感を持つ警戒主義に陥る。カナダではパーセプション・ハッキングによる影響が大きかったと考えられる(なお、報告書ではパーセプション・ハッキングという言葉は使っていない)。

調査委員会ではメディアの影響や政府機関からの情報開示、政府の内部のコミュニケーション、透明性などをくわしく調査している。過去に各国の政府機関が公開してきた外国からの干渉についての報告書で政府機関内部での情報の扱いやコミュニケーション対策を優先的に取り上げたレポートは寡聞にして知らない。

なお、近年注目されている公衆衛生モデルという考え方があり、そこではデバンキングなどの対症療法と並んで、政府やメディア、専門家、国民のコミュニケーションや情報の扱いも重要とされている。

過去のいくつかの調査研究で偽・誤情報やデジタル影響工作についてのメディアの過剰な報道は明らかになってきていたが、それを問題として是正すべきという政府機関はほとんどなかった。

言論の自由にかかわる問題であり、慎重な対処が必要ということは理解できるが、それが問題であることを検証したうえで、対処方法を慎重に考えるべきだろう。

カナダの報告書では、政府機関、メディア、国民との情報共有を再構築することで言論の自由を守りつつ、適切なタイミングで適切な情報を公開する方法、そのための仕組みが提案されている。もちろん、インテリジェンス機関も例外ではない。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

デンマーク、3月24日に総選挙実施 グリーンランド

ワールド

米副大統領「物価高は民主党の責任」、激戦州ウィスコ

ワールド

米ホワイトハウス宴会場建設、地裁が差し止め請求退け

ワールド

米、対中国「恒久的最恵国待遇」取り消しの影響調査へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
2026年3月 3日号(2/25発売)

フィンテックの進化と普及で、金融はもっと高速に、もっとカジュアルに

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 2
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 3
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルーの大スキャンダルを招いた「女王の寵愛」とは
  • 4
    戦術は進化しても戦局が動かない地獄──ロシア・ウク…
  • 5
    住宅の4~5割が空き家になる地域も......今後30年で…
  • 6
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 7
    「まるで別人...」ジョニー・デップの激変ぶりにネッ…
  • 8
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 9
    「IKEAも動いた...」ネグレクトされた子猿パンチと「…
  • 10
    「3列目なのにガガ様が見えない...」観客の視界を遮…
  • 1
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの…
  • 5
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 8
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 9
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 10
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story