コラム

国家別サイバーパワーランキングの正しい見方

2021年07月15日(木)17時15分

標準化されていないので先ほどの数学と国語の点数の比較と同じ問題が起きる。たとえば、Global Cybersecurity Indexの各スコアの最大は20だが、法律では194カ国中(レポートの表現を用いると、193カ国+パレスチナ)47カ国のスコアが20と全体的にスコアが高い。しかし、技術や組織ではスコア20の国は7つしかなく、法律よりも低めのスコアの国が多い。そのため法律のスコアが10を切ると120位以下となり、国際的にみて遅れていることになる。これに対して技術や組織ではスコアが10を切っても全体の真ん中あたり平均程度になる。

レポートには国別のレーダーチャートを掲載しているが、ほとんどの国で法律がもっとも高いスコアとなっている。しかし国際的な比較でいうと高いスコアであっても他の国に比べて進んでいることを意味せず、他の低いスコアは遅れていることを意味するわけではない。目標とする数値20への到達度を見る上では意味があるが、他の国との比較には不適切であり、レーダーチャートを見る時には注意が必要だ。Global Cybersecurity Indexは、環境の似ている国を比較し、参考にすることを推奨しているのにこのスコアは不適切のように見える。

また、すべてが最高の20となっているアメリカもサイバー攻撃で多大な被害を受け続けていることから考えると、20は決して目標とは言えないので、このスコアの意味するものが不明瞭のような気もする。

同様にNational Cyber Power Indexのスコアも標準化されていないうえ、数値そのものに具体的な意味がないため(事前の数値処理が多すぎて)、レーダーチャートはもとより他の比較でもかなり制限が出てくる。ただし、それを差し引いてもより包括的な指数の構築を試みたNational Cyber Power Indexの方法論には意味があると思う。

そのため、Global Cybersecurity IndexやNational Cyber Power Indexのレーダーチャートを元に自国(たとえば日本)の強みと弱みを語ることは不適切となる。たとえば、National Cyber Power Indexの日本の指数を数値の大きい順に見ると、「サイバー防衛、国際規範、商業および産業、国内監視、世論操作、インテリジェンス、サイバー攻撃」となるが、国際的な順位で見ると「国際規範、商業および産業、サイバー防衛、世論操作、サイバー攻撃、インテリジェンス」となる。

サイバー防衛は他国と比較した場合の優位性(順位)では国際規範や商業および産業よりも低位なのに、指数の数値に注目すると日本でもっとも強い項目になってしまうのである。ただ、National Cyber Power Indexは基本的なデータをネット上で公開しているので検証が容易であることは素晴らしいと思う。

くわえて、Global Cybersecurity IndexとNational Cyber Power Indexには単純なミスがある。Global Cybersecurity Indexのスコアは5つの指数の最大値がそれぞれ20で全体スコアは最大100になるはずだが、レポート123頁のセルビア、124頁のスロバキアとスロベニアはすべてのスコア(5つの指数のスコアと総合スコアが同じ値)が同じ数値になっている。レーダーチャートはそうなっていないことを考えると誤植であることは明らかだ。手作業で行ったのではなくなんらかの方法ですべての国のデータを一括処理したと考えられるため、この問題は他の数値にも影響している不安がある。

National Cyber Power Indexでは元になるデータを複数のデータフォーマットでネット公開しているが、データ変換時のミスと思われる誤りが存在していた。

課題山積みだが、解決は遠い

こうしたデータの扱いなどを含めた問題は結果および結果の正しい利用に大きな影響を与えるが、注意を払う人はごくわずかであり、問題点について指摘している記事を見たことはない。つまり誤植にすら気づかない人がほとんどなのだ。私は資料を読む時、出典まで遡ったり、データを自分自身で再計算してみることも多いのだが、ほとんどの人はそんなことはしないらしい。

そしておそらくこうした基本的なデータの問題への指摘に関心を払う読者も少ない。結果として誤植や不適切な扱いのデータ、およびその結果としてのランキングが世に広まることとなり、これらの機関は引き続き、瑕疵のある情報を出し続けることがことになりかねない。

冒頭に書いたように各国のサイバーパワーの実態の概況を把握することは重要であり、その需要も高まってきているはずなのだが、公開されているレポートではまだまだ不十分だ。今後、国家のサイバーパワーの活用、防衛、攻撃を網羅し、国際競争力を把握できるレポートやランキングが登場することを期待したい。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米雇用統計、4月予想上回る17.7万人増 失業率4

ワールド

ドイツ情報機関、極右政党AfDを「過激派」に指定

ビジネス

ユーロ圏CPI、4月はサービス上昇でコア加速 6月

ワールド

ガザ支援の民間船舶に無人機攻撃、NGOはイスラエル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story