コラム

世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家だった

2021年03月23日(火)17時33分

この手順だと選挙民主主義から選挙独裁主義への移行はシームレスに行われ、国民の多くはその変化に気づかないかもしれない。イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが言ったように、「我々が住んでいるのは民主主義国家なのか、権威主義国家なのか? もし我々が1930年代のドイツやイタリアにいたならなんの疑問を持たずに答えられた。現代の権威主義は民主主義のように見せかける」(2021年2月4日、Munk Dialogue)なのだ。わかりやすい権威主義を世界に披露しているのは中国など少数に留まる。

日本という国を考えても、多くの人が民主主義国であると考え、前述の指標でもそうなっているものの、全体主義化が進んでいると声も聞こえている。境目は曖昧となっている。

2021年年初に寄稿した「民主主義の危機とはなにか?」は、EUの民主主義行動計画(European Democracy Action Plan)やスタンフォード大学フーヴァー研究所のラリー・ダイアモンドのレポートやForeign Policyなどさまざまなレポートに書かれている民主主義の危機について共通する要素を整理してまとめたものだ。要約すると、下記となる。

「主としてアメリカによって民主主義は理想的な制度と認識されるようになり、アメリカを中心とする各国が2000年代頭まで振興を続けた結果、世界の主流となった。しかし、その後アメリカは民主主義の振興から手を引き始める。これに前に述べたSNSの普及や中国の台頭、ポピュリストの台頭などが加わり、世界的に民主主義国の数やスコア(民主主義指標)は減少し、2006年以降民主主義の後退が始まった。資本主義が充分に発達し、金融資本主義へと移行し、民主主義に悪影響を与え始めたことも要因のひとつだ。コロナによってさらに後退は加速している」

この変化は今回公開されたV-Demのデータでも確認された。前掲の人口推移のグラフの選挙民主主義と選挙独裁主義をご覧いただくと、2000年代初頭まで選挙独裁主義が減少し、選挙民主主義が増加している。その後、選挙独裁主義が増加し、選挙民主主義が減少に転ずる。そして2010年代に入ると、再び傾向は逆転する。選挙民主主義の変化は新興国(旧ソ連邦含む)の民主化が進んだためであろう。

最近また傾向は逆転し、コロナをきっかけとして選挙民主主義は大幅に減り、選挙独裁主義は大幅に増加した。しかし、ヨーロッパを中心とした自由民主主義は2000年代から減少を始め、2010年代に入るとはっきり下がり始める。

国の数の推移を見ると、選挙民主主義と選挙独裁主義はどちらも大きな傾向としては増加を続けている。完全な独裁主義は2010年初頭まで減少を続けたが、その後増加している。一方、自由民主主義は増加していたが、2000年代半ばに横ばいになり、2010年代に入ると減少しはじめた。

ちなみにさきほどの2つの民主主義の指標で、アメリカは「瑕疵のある民主主義」、「自由民主主義」となっている。

民主主義の理念を持つ独裁国家=選挙独裁主義

選挙民主主義と選挙独裁主義の垣根は曖昧であり、それを利用して権威主義化は進む。この変化が容易に進むのは、民主主義には理念と実装(法、制度、運用体制など)に乖離があるためではないかと考えている。

民主主義の理念については、ほとんどの国で一致している。国民主権、言論の自由などの基本的人権、平等などだ。そして実装でも多くの国は似通っている。憲法があり、法律があり、行政組織がある。似ているのは、他の国が始めたものを自国用にアレンジしていることが多いためだろう。

しかし、民主主義の実装には論理的あるいは科学的根拠がないものがほとんどだ。たとえば代表者に権力を委託する間接民主制では選挙はもっとも重要な要素だが、投票方式や在任期間などについて継続的に科学的に分析、整理し、実際の制度にフィードバックしている国は私の知る限りない。以前も書いたが、現在ほとんどの国で行われている選挙には論理的、科学的な裏付けはなく、「文化的奇習の一種」(多数決を疑う――社会的選択理論とは何か、2015年4月22日、岩波書店)でしかない。

選挙や制度は学術分野としては社会的選択理論やメカニズムデザインと呼ばれる領域である。国内外に研究者も存在するのだが、実際の選挙にその知見が反映された例はわずかで先進諸国では皆無と言っていいだろう。意図的に理念と実装の間の溝を放置してきたかのようにすら見える。

理念と実装の間をつなぐものがないために民主主義を毀損する実装も簡単に許してしまう。たとえば選挙独裁主義の国家ではフェイクニュース対策の名目で言論の弾圧を行うことが常套手段になっている。法律は国会で審議されるが、それを運用する行政組織は国民が選挙で選んだ職員がいるわけではない。国民の代表者には任期があり、継続して執務を行い、知見を蓄えられるとは限らないという問題があるので多くの場合、行政の運用は国民の代表中心には行われなくなる傾向がある。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

G7、イスラエル支持を表明 「イランは不安定要因」

ワールド

日韓首脳、17日にカナダで会談へ=韓国大統領府

ビジネス

日銀、金融政策を現状維持 国債買い入れ減額来年4月

ビジネス

EVへの乗り換え意欲、欧州で米国より低下=英シェル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 9
    「そっと触れただけなのに...」客席乗務員から「辱め…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story