コラム

ロシアがアメリカ大統領選で行なっていたこと......ネット世論操作の実態を解説する

2020年08月19日(水)17時30分

世界に展開するロシアのプロパガンダツール RT、スプートニク、VK

ロシアはフェイスブックなど既存のSNSを利用するだけでなく、自前のメディアを世界に展開している。RTとスプートニクである。各国語版があり、世界に展開している。表向き、ふつうのニュースも流すが、その目的はロシアから見た世界の事実、フェイクニュースおよびヘイト、偏った情報の流布である。

RTはRussian Todayという名称で2005年に設立されたテレビネットワークで、大手広告代理店マッキャン・エリクソンに依頼したアメリカ進出キャンペーンでRTと改名した。ロシア語、英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、アラビア語版がある。予算は年間約3.2億ドル。トークショー番組のホストとして著名なラリー・キングを招聘して番組を放送した。

スプートニクはニュースメディアで2014年11月に発足した。英語、スペイン語、アブハズ語、アラビア語、アルメニア語、アゼルバイジャン語、ベラルーシ語、ポルトガル語、中国語、チェコ語、ダリー語、ドイツ語、エストニア語、フランス語、グルジア語、ギリシャ語、イタリア語、日本語、カザフ語、キルギス語、ラトビア語、リトアニア語で提供されている。日本でもスプートニクの記事をプロパガンダ記事あるいはフェイクニュースと知らずにSNSで引用、拡散する人がいることから見ても、一定の効果を各国であげていると思われる。

ロシアにはVK(VKontakte) というSNSがある。ロシア語圏の利用者が多いが、その他の言語の利用者もいる。ヨーロッパにはロシア語話者も多いため、利用者は幅広くヨーロッパに存在し、その影響力も少なくない。たとえば、Alexaのデータ(2020年8月13日時点の過去三カ月)では、ドイツでは15位、フランスでは28位、イギリスでは21位となっている。バルト三国でもエストニア4位、リトアニア14位、ラトビア8位とよく利用されている。ちなみに日本の10位はAmazon、21位はNetflix、30位はPornhub.comであることを考えると、これらの国々でVKがよく利用されていることがわかるだろう。

その影響力を活用するためにVKでもネット世論操作が行われており、それを警戒するNATO StratCom(NATOの対ロシアハイブリッド戦タスクフォース)はVKの定点観測を行っているほどである。また前出のランド研究所の『Russian Social Media Influence』でもVKがネット世論操作に利用されていることは指摘されている。

ロシアのネット世論操作の最新動向

・ロシア、中国、イランとの協業

最近、顕著になってきたのは、中国やイランとの協業である。ロシア、中国、イランはいずれもアメリカや自由主義諸国から人権問題などで批判されているが、彼らはBlack Lives Matter運動のアメリカの対応への批判を繰り広げている。いずれもそれぞれの国の政治家、プロパガンダ媒体、SNSをフルに活用して拡散している。しかも互いの発言を発言するなど国家を超えた連携を行っていることがGRAPHIKA社のレポートで確認されている。

GRAPHIKA社以外には、大西洋評議会Digital Forensic Research LabThe New York Timesなどさまざまな組織、メディアがロシア、中国、イランの協業によるネット世論操作を分析している。日本語では、黒井文太郎の『中国、ロシア、イランが米国批判の情報戦で連携プレー』(2020年6月11日)がくわしい。

・統合的作戦と大規模なエコシステムの活用

ロシアのネット世論操作は大規模かつ統合的な作戦を実行できるようになっているが、新しい攻撃手法が開発され、攻撃実施までの期間の短縮されているようだ。最近、レポートされた新しい攻撃には、Ghostwrite作戦とTelegramのチャンネルを使う攻撃などがある。

Ghostwrite作戦は、Cyber-enabled disinformation campaignと呼ばれる攻撃手法だ。サイバー攻撃によって相手国のメディアや政府のサイトを改竄して、そこから捏造した情報を発信するのである。2020年4月22日にポーランドにあるPolish War Studies Academy (WSA) を含む複数のサイトを改竄し、「ポーランドを占拠しているアメリカに戦いを挑め!」 というポーランドの将軍のレターを掲載し、さらにポーランドの関係者にレターへのコメントを要請するメールを送りつけていた

Ghostwrite作戦を暴いたFireEyeのレポートによると、2017年3月から全体で14回攻撃は行われ、対象はポーランド、リトアニア、ラトビアだった。ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の関与が疑われている。政府のサイトやメディアのページが捏造情報の発信源となり、関係機関のサイトもそれに合わせて改竄されていたら、一般市民は確認のしようがない。

ハッキングとネット世論操作を組み合わせる手法は、必ずしも目新しいものではない。たとえば2017年5月25日にカナダのトロント大学のCITIZEN LABが暴露したロシアの改竄リーク作戦があった。断定できるまでの証拠はないとしながらも、ロシア政府が39カ国、200以上の政府関係者や企業経営者、ジャーナリストなどに対してマルウェアを感染させ、盗み出した情報を改竄した上で都合のよいように改竄したのちにリークして公開した可能性が高いとしている。注目すべきは手法がより多彩になり、その情報を拡散するツールが拡大、迅速に作戦を開始できるようになっていることだろう。

Telegramのチャンネルを使う攻撃は、Telegramで8つのチャンネルがベラルーシの抗議活動を批判し、新ロシア発言を行っていたものだ(大西洋評議会Digital Forensic Research Lab)。前回の記事でロシアがTelegramのサービス停止することに躍起になっていたことを紹介したが、停止できないとわかった段階で、新しい攻撃のプラットフォームに利用し始めた。

AIを利用したネット世論操作の高度化も指摘されており(ブルッキングス研究所)、今後は高度に組織化されたネット世論操作エコシステムとAIによる効果的な運用が鍵になるだろう。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ペロシ元下院議長の夫襲撃、被告に禁錮30年

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅安、FRBは利下げ時期巡り慎

ワールド

バイデン氏のガザ危機対応、民主党有権者の約半数が「

ワールド

米財務長官、ロシア凍結資産活用の前倒し提起へ 来週
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story