コラム

中東専門家が見た東京五輪、イスラエルvsイスラーム諸国

2021年08月16日(月)11時25分

イスラエル選手との対戦を避けた選手、資格停止&ヒーロー扱い

さて、中東の選手が参加するスポーツの国際大会というと毎度のように問題になるのがイスラエルの存在である。

イスラエルは地理的にはアジアに位置しているにもかかわらず、アジア大会(アジア競技大会)では1974年を最後に、大会から追放されてしまった。アラブ諸国、イスラーム諸国がパレスチナを占領するイスラエルが大会に参加するのを許さなかったからである(ちなみに、1974年のアジア大会はイランの首都テヘランで開催された。このときはイスラーム革命前だったので、イラン政府は、現在ほどイスラエルを嫌悪していなかったのだ)。

アジア大会はイスラエルがいなくなったので、問題はなくなったが、オリンピックはそうはいかない。たびたびアラブやイランの選手がイスラエル選手との対戦をボイコットする事件が起きている。

たとえば、今回の東京オリンピックでは柔道男子77キログラム級で、アルジェリア代表、フェトヒー・ヌーリーンが予選2回戦で、イスラエル選手と当たる可能性があるということで出場を辞退している。

国際柔道連盟は、ヌーリーンの行動を連盟の精神にもとるとして、ヌーリーンとそのコーチの資格を停止した。また、アルジェリア・オリンピック委員会も、政治的・宗教的・人種的な宣伝活動を禁止するオリンピック憲章違反とみて、2人を帰国させたという。

なお、ヌーリーン選手が棄権したため、不戦勝でスーダンのムハンマド・アブドゥッラスール選手が2回戦でイスラエル選手と対戦することになった。しかし、このスーダンの選手も計量には出てきたものの、試合には現れず、結局不戦敗となってしまった。

日本のメディアでは理由について触れられていないが、アラビア語メディアではやはりイスラエル選手との対戦を回避したとの見かたが一般的である。ちなみにアルジェリアはイスラエルと国交がないが、スーダンは昨年、イスラエルとの国交正常化で合意している。

一方、反イスラエルの急先鋒、イランはどうだろう。イランはこの点では柔道にかぎらず、どの大会でもイスラエル選手との対戦をボイコットしている。

2019年の世界柔道選手権東京大会でイランの強豪サイード・モッラーイーは、準決勝で敗れたが、このとき、イラン柔道連盟は、決勝でイスラエル選手と対戦しないようモッラーイーやその家族に圧力をかけたといわれている。なお、この大会ではイスラエル選手が優勝したのだが、モッラーイーは3位決定戦でも敗れ、イスラエル選手と戦わなかっただけでなく、表彰台でもイスラエルと並ぶことはなかった。

その後、モッラーイーはドイツで難民認定を受け、さらにモンゴル国籍を得て、東京オリンピックにはモンゴル代表として戦い、銀メダルを獲得している。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

ビットコイン一時9万ドル割れ、リスク志向後退 機関

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story