コラム

スタバも、スバルも、人種差別主義者なのか?

2018年05月28日(月)16時24分

たしかにスバルがこの写真を広告に使ったというのは捏造であるが、写真そのものは捏造ではない。2010年10月、エルサレム近郊の入植地に住む過激なシオニストであるイスラエル人が運転するスバルが、東エルサレムでイスラエルに抗議するパレスチナ人の子どもたちに突っ込んで、負傷させたのだ(https://youtu.be/G2unZIzIwp0 ※注意:過激な映像が流れます)。この事件についてはいろいろ報道されており、画像はそうしたものから取ったにちがいない。

もちろんスバルはこんなものを広告に使ったことを完全否定している。問題を複雑にしているのは、イスラエルにおけるスバルの地位である。イスラエルにいったことがあるかたなら、すぐ気づくだろう。イスラエルではスバル車が非常に多いのである。

これも、イスラエル・ボイコットが関係してくる。アラブ諸国からボイコットされるのを恐れた日本車メーカーはかつてイスラエルへの輸出を軒並みストップしていた。ところがスバルだけは対イスラエル輸出を継続していたため、イスラエル・ボイコットの対象となり、アラブ諸国に輸出できなくなってしまったのだ。

つまり、1980年代なかばごろまで、イスラエルで購入できる日本車はスバルだけだったのである。したがって、スバルは長く親イスラエルの象徴と見なされていた。

この「広告」がイスラエルの力を誇示したり、スバルの頑丈さを賞賛するためのものとは考えづらい。可能性として思い浮かぶのは、反セム主義者(反ユダヤ主義者)による嫌がらせである。これでイスラエル人の残虐性を示そうとしているという推測だ。

もちろん、パレスチナ側による逆宣伝(?)という可能性もあろう。イスラエルの入植者の非道ぶりを喧伝し、同時に彼らに愛されてきたスバルの評判を貶めようという魂胆だ。

パレスチナ当局は「これが本物の広告なのか、誰かがスバルのロゴを使って作ったものなのかは不明」としつつ、「おぞましい画像の使用」に対抗措置を取るようスバルに要請し、「この卑劣で不見識な画像が(インターネット上で)出回ることを止めるために必要なあらゆる措置を取り、この画像を非難するよう強く求める」という内容の文書を送ったらしいが、スバル側からいえば、そんなこといわれてもねえって感じだろう。

フェイク・ニュースが蔓延するご時世に

正当な理由があってイスラエルを批判することはどんどんやるべきだ。だが、反シオニスト的な言説が、文字どおり人種差別としての反セム主義に利用され、彼らの錦の御旗となるというのは話が別である。

上に挙げた例からもわかるとおり、この種の情報は、少し落ち着いてみれば、おかしなところにすぐ気づく類のものばかりである。しかし、なまじ単純でわかりやすいだけに、考える間もなくものすごい勢いで拡散していく。気づいたときにはすでに遅し。

フェイク・ニュースが蔓延するこのご時世、わかりやすさを売りにする報道や時事解説をよくみかける。それらがみんなフェイクだとはいわないが、「なるほど」とか「腑に落ちる」といったカタルシスの背後で、不要なものとして捨てられてしまいがちな複雑さや難しさのなかにもしかしたら真実が隠されているかもしれない点には注意しておく必要があろう。

とくに中東関連情報はね。

ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

TSMC、熊本県第2工場計画先延ばしへ 米関税対応

ワールド

印当局、米ジェーン・ストリートの市場参加禁止 相場

ワールド

ロシアがウクライナで化学兵器使用を拡大、独情報機関

ビジネス

ドイツ鉱工業受注、5月は前月比-1.4% 反動で予
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story