アングル:米技能ビザ手数料増額で雇用の海外流出加速か、採用巡り混乱も

9月23日、トランプ米政権が情報技術(IT)などの専門技能を持つ外国人労働者向けの入国査証(ビザ)「H―1B」の労働者にかかる手数料を大幅増額する仕組みを導入したことを受け、シリコンバレーなどの企業経営陣はより多くの雇用を海外に移転させる可能性について議論を始めている。写真は椅子に置かれた米国国旗のイメージ。2016年12月、ニューヨークで撮影(2025年 ロイター/Andrew Kelly)
Aditya Soni Echo Wang
[サンフランシスコ/ニューヨーク 23日 ロイター] - トランプ米政権が情報技術(IT)などの専門技能を持つ外国人労働者向けの入国査証(ビザ)「H―1B」の労働者にかかる手数料を大幅増額する仕組みを導入したことを受け、シリコンバレーなどの企業経営陣はより多くの雇用を海外に移転させる可能性について議論を始めている。
トランプ大統領は19日、今回のH―1Bビザ制度の変更を発表した。H―1Bビザ制度は長らくテクノロジー企業における人材獲得の経路であり、世界各国の学生が米国で大学院課程を目指す動機となってきた。
新たに設定された10万ドル(約1480万円)の手数料はH―1Bビザの新規申請者にだけ適用され、当初発表されたように既存の保持者は対象とされない。ただ、ロイターがテクノロジー企業に関連する創業者、ベンチャーキャピタル、移民弁護士らに話を聞いたところ、新制度導入と高額な費用を巡る混乱のため、企業は既に採用、予算編成、人員計画を一時停止していることが分かった。
西部コロラド州の法律事務所ホランド&ハート所属の移民弁護士、クリス・トーマス氏は「複数の顧客企業と話したが、彼らは手数料の大幅増額は米国では全くもって非現実的であり、高度な技能を持つ人材を確保できる他の国を探し始める時が来たと述べている。また、そうした企業の一部は経済誌フォーチュンが上位100社に選ぶような大企業だ」と語る。
ピュー・リサーチ・センターによると、2024年に承認されたH―1Bの新規申請は約14万1000件だった。米議会は新規ビザを年間6万5000件に制限している。ただ大学や一部の分野からの申請は上限の対象外であり、総数としてはそれ以上になる。コンピューター関連職が新規申請の大多数を占めた。
複数の企業はビザ手数料の大幅増額が雇用を混乱させる以前から、既にインドでの事業拡張を検討している。ロイターは23日、総合コンサルティング大手アクセンチュアがインド南部アンドラプラデシュ州に新キャンパスの設立を提案し、最終的に約1万2000人の雇用を計画していると独占的に報じた。アクセンチュアはインドに最大の従業員基盤を持つ。
<企業はH―1B労働者削減へ>
トランプ政権やH―1Bビザ制度に批判的な人々は、この制度が賃金抑制のために利用されており、制限すれば米国人のテック労働者の雇用が拡大すると主張した。政権はIT職を探そうとしている大卒者がH―1Bビザ制度によって試練に直面していると説明している。
H―1Bビザの手数料はこれまで、わずか数千ドル程度だった。ロイターが取材した専門家や経営者らは、新たな10万ドルの手数料は状況を一変させ、インドなど別の国で人材を雇う方がより魅力的になるだろうとの見方を示した。インドは賃金がより低く、巨大IT企業がいまやバックオフィスではなく技術開発拠点を築いているからだ。
人気のある人工知能(AI)会議アシスタント企業オッター・ドット・エーアイの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)のサム・リアン氏は「われわれはH―1B労働者の雇用人数を減らさざるを得ないかもしれない。一部の企業はH―1B問題を回避するためだけに、インドや他の国で従業員の一部を外部委託したり雇用したりしなければならないだろう」と述べた。
<スタートアップに不利>
保守派はトランプ氏の広範な移民規制を長年歓迎してきたが、H―1Bビザを巡る今回の措置は一部のリベラル層からも支持を得ている。
米動画配信サービス大手ネットフリックスの共同創業者で著名な民主党献金者のリード・ヘイスティングス氏は、H―1Bビザ政策を30年間見てきたとし、X(旧ツイッター)への投稿で、新しい手数料制度で抽選が不要になる代わりに「非常に高い価値のある職種」に対して確実にビザが割り当てられるようになるだろうと述べた。
AI企業などに投資しているベンチャーキャピタル「メンロ・ベンチャーズ」共同出資者、ディーディー・ダス氏は「このような一律の規制は移民にとってほとんど良いことがない」と苦言を呈し、スタートアップにばかり悪影響を与えかねないと指摘する。
スタートアップの報酬体系は現金と株式を組み合わせている大手テック企業とは異なり、事業構築に必要な現金を確保するため、株式報酬が中心になる傾向が強い。
ダス氏は「大企業にとってコストは重要でない。従業員25人未満の小規模企業にとってはるかに重要だ」とし、「大手テックのCEOはこうした事態を予想しており手数料を支払うだろう。競合するスタートアップの数が減るのはむしろ有利だ。最も苦しむのは小規模スタートアップだ」と述べた。
<イノベーション(技術革新)リスクも>
アナリストらはこの政策により、新たに企業を設立することも多い有能な移民人材が減少する可能性もあると指摘する。
南部バージニア州に拠点を置く超党派のシンクタンク「米国政策財団」の22年の報告書によると、評価額10億ドル以上の米国スタートアップの半数以上に、少なくとも1人の移民創業者がいたという。
複数の弁護士は顧客のスタートアップが訴訟に望みをかけていると語る。政権が議会の想定を超えて手数料を課したと主張し、裁判所がビザ手数料による採用破綻を起こさないよう規則を緩和するだろうと期待しているという。
もしそうならなければ「世界中の最も優秀な人材が米国に流入しなくなるだろう」とH―1Bビザを取得し米国で事業を始めたシリコンバレーのベンチャーキャピタル「レッド・グラス・ベンチャーズ」の創業者ビラル・ズベリ氏は警告した。