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インタビュー:プラザ合意40年、行天元財務官の後悔とメッセージ(下)

2025年09月22日(月)07時20分

 1985年のプラザ合意からの40年、行天豊雄氏(94、写真)は大蔵省(当時)で財務官などを歴任した後も世界経済を間近で見続けてきた。9月11日、東京で撮影(2025年 ロイター/Issei Kato)

Tamiyuki Kihara Makiko Yamazaki

[東京 22日 ロイター] - 1985年のプラザ合意からの40年、行天豊雄氏(94)は大蔵省(当時)で財務官などを歴任した後も世界経済を間近で見続けてきた。

プラザ合意の一連の過程からどんな教訓を得たか。行天氏は「日本の政治家とか企業とかメディアとか学会とか、そういうところを含めて世界が変わっている時にはね、日本も変わらなければいけない」と強調する。当時の政府には「長期的な国の将来を考えて政策を作っていく姿勢がもっとあってもよかったと思う」とも悔やんだ。

<日銀はインフレ意識を>

現下の日本経済への懸念について、行天氏は「金利が低すぎて円安になっているという事実は否定できない。放っておいてインフレにならないかという心配はあると思う」と話す。「日銀が(解決策を)考えてもらわなければいけない」とも語り、日銀の利上げによって日米金利差が縮小すれば「円安は是正される可能性はある」と早期利上げに期待感をにじませた。

<ドルの基軸性低下へ、無秩序の時代>

奇しくも現在、トランプ米政権に世界経済は翻弄されている。行天氏は「米国人自身が『世界の一極指導者になり続けるのはもう嫌だ』と思っている。指導者っていうのは大変金がかかるし、力も必要だし、もうちょっと自分のことは自分でやれよというふうになっている」と指摘。「ある意味ではしょうがないんだろうな。歴史の必然みたいな話でね」とも話す。

その中でドルの基軸性は持続可能と言えるのか。「基軸通貨は発行国の国力が世界一かどうかで決まる」とした上で、「いままでは誰も(世界一としての)米国を疑わなかったが、中国がそれに挑戦しているのが現状だ」と分析する。

行天氏はドルに代わる可能性がある通貨として「頭の中で考えれば人民元かユーロしかない」と即答する。一方で「中国は確かに発言権を増したが、人民元を基軸通貨にするには世界中に人民元を渡さなきゃいけない。かつての米国のように赤字国になるということだ」と述べ、現実的ではないと指摘。ユーロについても「欧州は基軸通貨にしようなんて気は全くない」とし、「ドルの基軸性はだんだんと減っていくかもしれず、無秩序の時代が続く」と見通した。

<一目置かれる国に>

その「無秩序の時代」に、日本はどう立ち向かうべきなのか。行天氏は最後にこうメッセージを残した。

「日本がやるべきことは、日本自身を強くすることだ。要するに世界から一目を置かれる国になるということ。分野はなんでもいい。『あの問題についてはやっぱり日本の意見を聞かなきゃいけない』と思われる国であり続けなければいけないよ」

(鬼原民幸、山崎牧子 グラフィックス作成:田中志保 編集:橋本浩)

ぎょうてん・とよお 1955年東大経済卒。大蔵省(現・財務省)で国際金融局長や財務官を歴任。89年に退官。内閣特別顧問などを経て2018年から三菱UFJ銀行特別顧問。

<取材後記:プラザ合意40年、現在との共通項と「次の時代」への教訓>

94歳の行天豊雄氏は、驚くほど鮮明に当時の記憶をたどってくれた。こちらの質問に即座に応える姿は、まるでつい最近の出来事を語っているような錯覚に陥るくらいだった。

1時間に及んだインタビューの中で改めて見えてきたことがある。それは40年前と現在との共通項だ。米国経済が国内消費の拡大もあって物価高騰に見舞われる。時の政権は経済悪化を恐れて保護主義に傾き、他国にドル高是正を求める。

もちろん、経済状況はまったく同じではないし、当時はプラザ合意という主要5カ国(G5)の為替介入による是正であった。当時に比べて為替市場が膨れ上がり、中国も台頭した現在において仮にトランプ米大統領が「プラザ合意2.0」を求めたとしても非現実的だと言われる。それでもベセント米財務長官が円安に言及したり、追加関税を打ち出して他国との交渉を有利に進めようとする保護主義的な所作は、当時のレーガン政権を彷彿とさせるものがある。

トランプ氏の「MAGA(Make America Great Again)」はもともとレーガン氏のスローガンだし、映画やテレビで知名度を誇った点も共通する。映画「ホームアローン2」にトランプ氏が出演したのは、撮影場所のホテルを当時所有していたからだと言われる。そのホテルこそ、40年前の交渉の舞台となった米ニューヨークのプラザホテルだ。

当時と現在の共通項について、上智大教授の前嶋和弘氏(米国政治)は「他国が米国を食い物にしている、という発想はレーガン政権とトランプ政権の類似点だ」と語る。一方、「双子の赤字」に苦しんだ当時の米国と、経済の基調が安定している中で更なる自国ファーストを推し進めようとする現在の米国とでは「状況が違う」と指摘。欧米を中心とした国際協調が重視された当時と異なり、中国を巻き込まなければならなくなった点も「この40年間の大きな変化だ」と話す。

日本経済にとってプラザ合意は確かに大きな転換点だったが、バブル期の金融政策やその後の不良債権処理など政策的なミスが「失われた時代」につながった面もあるとし、「物事を単純化しないことが我々が学ぶべき教訓だ」と話した。

プラザ合意後に日本経済が翻弄された「失われた時代」。奇しくも足元の日経平均株価は史上最高値へのアプローチを日々続けている。不動産価格の投機的な高騰は言うまでもない。次の40年をどう歩むべきなのか。行天氏のメッセージをなぞりながら、足元を見つめ直すときなのかもしれない。

(鬼原民幸)

ロイター
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