アルゼンチンで世界初の遺伝子編集馬、ポロ界は受け入れ巡り慎重姿勢

蜂蜜色の毛並みに、顔には白い斑。写真は囲いの中を歩く遺伝子編集馬。7月29日、アルゼンチンのサン・アントニオ・デ・アレコで撮影(2025年 ロイター/Agustin Marcarian)
(記事の体裁を整えて再送します)
Leila Miller
[ブエノスアイレス 30日 ロイター] - 蜂蜜色の毛並みに、顔には白い斑。郊外の放牧地で草をはむ。一見すれば普通の子馬だ。一見すれば普通の子馬たちだ。蜂蜜色の毛並みに、顔には白い斑。郊外の放牧地で草をはむ。だが、この生後10カ月ほどの5頭は世界初の遺伝子編集(GE)馬だ。爆発的なスピードを得るために、名馬「ポロ・プーレサ」のクローンに、CRISPRという技術でDNA配列を挿入した。
このGE馬を生み出したのは、ポロの「世界的首都」とされるアルゼンチンのケイロン・バイオテック社だ。同社は、遺伝子編集技術に、馬を生産する「育種」の世界を革新する力があるとみている。クローンは遺伝的に同一の個体を複製するのに対し、CRISPRは「遺伝子のはさみ」としてDNAを切断し、カスタマイズする。筋肉の成長を抑制するミオスタチン遺伝子の発現を減らし、力強い動きを生む筋線維を増やし、馬たちを短距離スプリンターへと生まれ変わらせるというわけだ。
ただ、ポロ界の受け入れは進んでいない。アルゼンチンは、クローンを含む生殖技術を長年受け入れてきたが、国内競技団体と育種家協会は、GE馬の参入に慎重だ。アルゼンチン・ポロ協会はGE馬の出場を禁じた。協会のベンジャミン・アラヤ会長は「GE馬にはプレーしてほしくない。繁殖の妙味、魔法を奪ってしまう。牝馬と種牡馬を選び、交配し、良い結果を願う――それが好きなんだ」と語る。
アルゼンチン・ポロ馬育種家協会は、GE馬の登録可否の判断の前に4ー5年の観察を行う方針という。
ケイロン社側はやがて理解が進むとみる。同社の科学担当ディレクター、ガブリエル・ビチェラ氏は、「それほど心配していない。私たちが続けるべきは教育だ」と語る。ただし、国内の規制はクローン、遺伝子編集、従来の繁殖を区別していない。ポロ協会の規程も同様で、GE馬の禁止がどこまで機能するかは不透明だ。
一部育種家は、クローンが血統保存に有用だと評価しつつも、遺伝子の編集は一線を越え、彼らのビジネス上の脅威になり得ると懸念している。
<80万米ドル(約1億1600万円)の馬>
育種家で元プロ選手のマルコス・ヘグイ氏は「GE馬は育種家をつぶす。生成AIで絵を描くようなものだ。アーティストは終わりだ」と批判する。一方、1970年代に育種を始めたエドゥアルド・ラモス氏は、胚移植やクローンなどのバイオ技術に対しても当初は懐疑があったとし、「科学技術は進化し続ける。やるべきではないと言っても止められない」と話す。
1882年に英国移民がブエノスアイレスで最初のポロクラブを設立して以来、中央アジア発祥のポロはアルゼンチンに根付いてきた。4人対4人で、長いマレットでボールをゴールに運ぶ競技で、ホッケーに似ている。1試合で1人が十数頭を乗り継ぐ高コストの競技で、同国では伝統的に大土地所有の名家が主導してきた。
政府統計によれば、同国は昨年、ポロ馬を約2400頭輸出した。英クイーンズカップやアルゼンチンオープンなどの名門大会では、アルゼンチン産が存在感を示す。胚移植は長く行われ、競馬と異なり、ポロはクローン馬も認めている。
世界初のクローン馬は2003年に誕生。世界的トップ選手アドルフォ・カンビアソがクローン普及に貢献した。10年には同選手の名牝(めいひん)クアルテテラのクローンが競売で80万ドル(現在のレートで約1億1600万円)で落札され、この額が当時博士課程でバイオテックを学んでいたビチェラ氏の関心を引いた。
翌年、実業家ダニエル・サンマルティノ氏の支援でケイロン社を共同創業する。13年には最初のクローン馬を生み出したが、普及初期は苦戦した。サンマルティノ氏は有力育種家に無償でクローン馬を提供し、その見返りとして一部のクローンの新生子を確保したという。
今年、同社は400頭のクローンを生産予定だ。育種家協会の推計では、25年にアルゼンチンで生まれる全クローン馬の過半を占める見通しだ。クローン子馬の平均販売価格は4万ドルとされる。
ケイロン社は2017年、研究目的でCRISPRにより9個の遺伝子編集の馬胚を生成。これがアルゼンチンのポロ界の有力者の一部を刺激した。当時の政府バイオテック規制当局トップ、マーティン・レマ氏によれば、当局にGE馬が競技に参加することへの懸念が寄せられたという。
その後数年、同社は人への移植を目的とした遺伝子編集の牛や豚の胚の生成に注力。24年後半、伝統的なカウボーイ文化が息づくサン・アントニオ・デ・アレコで、同社の出産クリニックが5頭の遺伝子編集の子馬を誕生させた。
<商用化計画は停止>
ロイターが入手した政府文書によれば、アルゼンチンのバイオテック規制当局は、遺伝子編集の事実を確認している。所管の農業省はコメントを拒否した。
約50人の育種家が協会宛ての書簡に署名し、GE馬は「一線を越える」として、十分な熟議なしに登録しないよう求めた。協会のサンティアゴ・バレスター会長は、個人的にはGE馬に「問題はない」としつつ、輸出先国の姿勢やビジネスへの影響をめぐる会員の懸念を認めて、慎重姿勢を示した。
「慎重に、責任を持って対応しよう。GE馬が本当に優れているのか、影響を見極める必要がある。もし普通だとしたら、いったい誰が金を払うのか」。
ケンタッキー大学グラック馬研究センターの遺伝学者、テッド・カルブフライシュ氏は、ケイロン社の自然なDNA配列を挿入する技術は、従来なら数世代を要する育種による改良を加速するものだと指摘する。「推測に基づく編集は危ういが、ミオスタチンは健常な馬に存在する既知の遺伝子だ。的確に編集できれば機能するはずだ」。
同氏は、GE馬が大会で優位になり得る一方、それが必ずしも不公平とは言えないとも述べる。「クローンも遺伝子編集も、今や広く利用可能だ。お金があれば誰でも手に入る」。
5頭が競技に出るまでにはまだ時間がかかる。2歳で鞍慣らしを始め、さらに1、2年をかけてポロを学ぶ。サンマルティノ氏はすでに何件か顧客からの引き合いがあるとして、ポロ当局の理解が得られるまで、同社の遺伝子編集サービスの商用化計画が停止されることにいらだっている。
とはいえ、不確実なビジネスであることは認める。「本当に良い馬になるのかは分からない。時間がかかるものだ」。