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アングル:防空壕で生まれた命に未来託す、戦争で人口急減のウクライナ

2025年08月08日(金)19時16分

 ウクライナでは2022年の戦争開始以来、人口は1000万人余り、4分の1前後も減少。出生率は世界最低、死亡率は世界最高水準の一角を占める。写真は避難先のトルコから出産のため一時帰国したリリヤ・オゼルさん。5月23日、キーウ市立臨床病院で撮影(2025年 トムソン・ロイター財団/Danielle Robertson)

Danielle Robertson

[キーウ 6日 トムソン・ロイター財団] - ウクライナ首都キーウの地下深く、防空壕を転用した産科病棟では助産師らが忙しく働いている。ちらつく照明が闇を切り裂き、冷たいコンクリートの床に長い影を落とす。

新しい命が、戦争の騒音と傷跡から隔絶されたこの場所で誕生している。だが今、この国の出生数は非常に少ない。3年以上にわたる戦争と、ロシアによる侵攻が引き起こした国民の大規模な国外脱出で人口は急減。終わりの見えない戦争が続く中、国の存亡に関わる深刻かつ静かな危機、つまり人口崩壊に直面している。

2022年の戦争開始以来、人口は1000万人余り、4分の1前後も減少。出生率は世界最低、死亡率は世界最高水準の一角を占める。米中央情報局(CIA)によると人口1000人あたりの死者数は18.6人だ。政府関係者によると、女性1人が産む子どもの数は2022年以前の1.16人から減少し約0.9人となった。

出産可能年齢の国民数十万人が死亡または負傷。さらに数百万人が国外へ逃れたが、その多くは帰国を考えていない。

ウクライナ出身でシドニー工科大学准教授のオルガ・オレイニコワ氏は「ウクライナの人口状況は本当に深刻だ」と指摘した。崩壊寸前の医療制度を改革し、戦争による心の傷に対応しなければ死者数は戦争終結後も増え続けると警告する。退役軍人向け医療制度の整備は急務で、命を救い、健全な社会を築くことに注力する必要があるが、復興には数十年の年月と莫大な費用がかかるという。

キーウ市立臨床病院で助産師長を務めるアラ・ロバスさんは、病棟に転用された防空壕で、希望と恐怖が交錯する現場に立っている。

「爆発音が聞こえると、出産を控えた妊婦らは涙を流す。母親らは震えているが、赤ん坊を胸に抱いた瞬間、少しだけ落ち着きを取り戻す。子どもを守らなければという思いが芽生え、そこから何かが変わる」という。

「ウクライナの未来はここにある」

<数百万人が避難>

リリヤ・オゼルさんはウクライナで出産した。だが彼女の出産にまつわる物語は、子どもが欲しいと願うウクライナ人が直面する困難を浮き彫りにしている。

オゼルさんは戦争が始まった時点で夫と4歳、7歳の娘らと共にトルコへ避難したが、出産のために他の家族を残してウクライナに帰国し、5月にはキーウ市立産科病院での出産の準備を進めていた。「妊娠が分かったときに、ただ出産のためだけにここへ戻ってきたいと思った」と話すが、ウクライナで再び家族そろって生活するのはとても難しいと認める。

「娘は精神的にとてもつらそうだ。サイレンや警報のせいで。今でも時々おねしょをする。帰国したいけれど、戦争が続いて安全でないなら、子どものために安全な場所に留まるしかない」と打ち明けた。

オゼルさんの夫はトルコ国籍を持っていたため出国が認められたが、戒厳令下のウクライナでは18―60歳のウクライナ人男性は特別な許可がなければ国外に出ることが禁じられている。

ダニイル・ホロブチェンコさんもこうした国民の1人だ。ロシアによる侵攻の数週間後にダーシャさんと結婚したが、今は子どもを育てるなど途方もない夢だ。「停電が決定的だった。たくさんの妊婦がいる病院が砲撃されているのを見た」と話すダーシャさん。「学校も爆撃され、子どもらがいそうな場所、遊び場でさえも標的になる」と不安を露わにした。

<闘う母も>

一方で別の道を選んだ母親らもいる。キーウ北西のブチャの森の奥深くで女性らのグループが機関銃の後ろに立ち、敵のドローンを発見しようと上空に目を凝らしている。

「クマ」と名乗る女性もその1人。以前は経済学の講師だったが、いわゆる「ブチャの女性たち」の一員として防衛任務に就いている。「10歳と9歳の子どもがいる。彼らを守らなくては。子どもらを学校に送り出すたびに、ドローンが飛んできて墜落しないか確かめずにはいられない」と話す。

多くの母親が夫を失った。父親は戦死したり、行方不明になったり、戦闘の前線に配備されている。米戦略国際問題研究所(CSIS)の推計によると、ウクライナ兵の死者数は6万─10万人。政府統計によると平均寿命は男性が66.4歳から57.3歳へ、女性が76.2歳から70.9歳へと短くなった。心的外傷、アルコール依存、医療崩壊が原因だ。

<生き残った子どもたち>

キーウ在住の心理学者、アクサナ・ピセワ氏は、今すぐに手を打たなければ戦争が子どもたちの人生に長期間にわたって影を落とすと警鐘を鳴らす。「戦争が始まった時に15歳だった子どもは今18歳だ。彼らに生き延び、癒しを得るための手段を与えなければ、心の傷が人生全てに影響してしまう」という。

戦地に心の支援を提供している「子どもの声財団」の共同創設者オレナ・ロズバドフスカさんは、ウクライナでは全ての子どもらが影響を受けていると語った。「戦争こそが自分たちの人生の全てだと信じてしまっている子どももいる」

それでも、希望と抵抗の表明として、ロズバドフスカさんは現在、第1子を妊娠している。

「ここでは毎日、生と死が隣り合わせだ。いつ死んでもおかしくない。でも、だからこそ人生で本当に意味のあるものは何かを考えるようになる。それは愛する人たちだ」と彼女は言う。「私たちは祖国を失いたくない。次の世代のために、できる限り闘わなければ。だから、子どもを産もう」

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