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アングル:AIで信号サイクル最適化、ブエノスアイレスの排出量削減作戦

2025年05月26日(月)08時30分

ドライバーらは気付いていないかもしれない。だが昨年10月以降、アルゼンチンのブエノスアイレスでは人工知能(AI)の導入によって、信号で止められる回数が減った。写真は横断しようとする男性。4月11日、ブエノスアイレスで撮影(2025年 ロイター/Irina Dambrauskas)

Amy Booth

[ブエノスアイレス 16日  トムソン・ロイター財団] - 平日の朝、アルゼンチンのブエノスアイレス北部郊外から通勤する人々は、高速道路を使って街まで車を飛ばしてくる。だがそれも首都への主要道路を結ぶ幹線道路のルイス・ウイドブロ通りまで来ると、信号が続いて流れが止まってしまう。

ドライバーらは気付いていないかもしれない。だが昨年10月以降、人工知能(AI)の導入によって、信号で止められる回数が減った。

市の交通当局が、トロナドール通りの信号サイクルを北東に4ブロック離れた通りの信号サイクルと一致するように調整し、その間にある信号のサイクルをずらしたのだ。

この調整は、AIとグーグルマップを活用して交通の流れ最適化する提案を行うグーグルの「グリーンライト」プロジェクトの提案によるものだ。渋滞に伴う二酸化炭素排出量と大気汚染の削減が、同プロジェクトの目標となっている。

ブエノスアイレス市政府によって提供された数字によれば、この調整により、その区間のドライバーは停車回数が14%減り、年間2 339時間の移動時間と6987リットルの燃料の節約が実現した。

2016年に環境科学誌「Environmental Science: Processes and Impacts」に発表された研究によると、信号機で車が停止することによる大気汚染は、交通がスムーズに流れているときよりも最大29倍も高くなる可能性があるという。

世界中の数十の都市が2030年までに温室効果ガスの純排出量を実質ゼロにすることを目指す中、グーグルはこれを、AIによる信号サイクルの最適化によって炭素排出量を削減する大きな機会と捉えている。

グリーンライトの提言は70以上の交差点で導入されている。グーグルの最高サステナビリティー責任者であるケイト・ブランド氏は2023年に「初期の数値では、信号機での停止を最大30%削減し、交差点での排出量を最大10%削減する可能性があることが示されている」と指摘した。

21年以降、グリーンライトはリオデジャネイロ、インドのコルカタとベンガルール、アブダビ、英マンチェスター、米シアトルとボストンを含む17都市で実施されている。

グリーンライトのプロダクトマネージャーであるマテウス・ フェルブロエト氏によると、課題は街ごとに異なる。

フェルブロエト氏は「インドでは交通管理は警察の責任だ。交通工学部門に行くと全員が制服を着た警察官で、これは世界の他の国とは異なる。意思決定も階層的だ」と指摘。

一方、ドイツでは官僚主義によりプロジェクトが遅れがちになるという。「実際に変更を導入する前に、もっと多くのプロセスを経なければならない。他の国ではもっと早く話が進む」

<数秒の節約>

調整は多くの場合、信号のタイミングを1秒か2秒変更するだけで済む。

都市交通のような複雑なネットワークでは、信号サイクルを30秒から90秒に変更するといった大規模な調整を行えば、意図しない結果をもたらす可能性がある。ドライバーがルートを変更する場合もあり、そうなればグーグルのプロジェクトが行っているような信号分析は意味がなくなると、フェルブロエト氏は言う。

「小さな調整であれば、大きな行動変化が起きない可能性が高い」と同氏は指摘した。

こうした対策について、高度に最適化されたスマート信号システムでさえも、依然として運転者の行動や態度に合わせて調整されていると懐疑的に見る向きもいる。

「車が停止しなくてもいいようにするための対策は、たいてい逆効果だ。運転したくなる人が増えてしまう」と、過去にブエノスアイレスを拠点としていた独立系交通・都市計画コンサルタントのローラ・ジリアーニ氏は言う。

同氏は、制限速度を下げたり、道路通行料を高く設定するなどの対策を実施して車の運転を抑制すべきだと指摘した。

ブエノスアイレス市は徐々に公共交通機関の整備を進めている。5月には新しい電気バスの運行が開始したほか、マクリ市長は新しい地下鉄路線の計画を最近発表している。

だがブエノスアイレス市でインフラ・モビリティーを担当するパブロ・ベレシアルトゥア氏によると、多くの人が市境をはるかに越えた遠方の郊外から車でやって来るという。

「ニューヨーク、マドリード、パリ、ロンドンといった大都市圏の鉄道は、ブエノスアイレスよりも相対的に効率が良い。より効率的に機能し、より多くの人を輸送している。住民は電車で来るので自家用車を使わない」と同氏は話した。

一方で、ブエノスアイレスのような都市では通勤者のかなりの割合の人々が自動車通勤しか選択肢がなく、グリーンライトのようなプロジェクトは環境への影響を減らすのに役立つとしている。

ベレシアルトゥア氏によると、ブエノスアイレス市当局は、グリーンライトやその他のスマート信号技術を市内の主要道路に拡大したい考えだ。

首都の環状道路の反対側のルートはブエノスアイレス州の管轄であるため、複雑な作業になると同氏は付け加えた。

フェルブロエト氏は、排出量削減を進めるには、公共交通機関や自転車インフラの整備に取り組む必要があると指摘した。

しかし、そうしている間、グリーンライトは低コストの代替手段だと彼は話す。都市側は無料で利用でき、センサーなどの機器の設置も必要ない。

「おそらく10年後には、グリーンライトのようなプロジェクトはもう必要なくなるだろう。そうなれば成功だ」と彼は語った。

ロイター
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