ニュース速報
ビジネス

焦点:値上げ続く食料品、数量落ち込みも 米関税で「好循環」の正念場

2025年07月24日(木)18時44分

 7月24日、原材料価格や人件費、物流費などの高騰を背景に積極化してきた企業の値上げ戦略が正念場を迎えている。写真は赤城乳業の岡本秀幸氏。埼玉県の本社で7日撮影(2025年 ロイター/Makiko Yamazaki)

Takahiko Wada Makiko Yamazaki

[東京 24日 ロイター] - 原材料価格や人件費、物流費などの高騰を背景に積極化してきた企業の値上げ戦略が正念場を迎えている。賃上げの継続もあって消費者が値上げを支えてきたが、足元では大幅な値上げで販売数量が大きく落ち込むケースも出てきた。米国の関税政策を巡り、企業収益への影響がはっきりとは見通せない中、日銀の利上げの根拠の1つとなってきた企業の積極的な賃金・価格設定行動が続くのか、今が「分岐点」との声が専門家から出ている。

<消費者の意識に変化>

ここに来て、企業の値上げに対する姿勢は一段と積極的になっている。帝国データバンクによれば、7月の飲食料品の値上げは合計2105品目で前年比5倍となった。年間2万品目の値上げが視野に入っているという。

物価研究の第一人者として知られる渡辺努東京大学名誉教授は、為替が円高に振れ、輸入物価の上昇圧力が後退する中でも値上げが続いていることについて「消費財メーカーがかなりプライシングに自信を付けている」とみる。企業のこうした変化を支えているのは消費者の意識の変化だと話す。

渡辺東大名誉教授は、ロシアのウクライナ侵攻で商品市況が高騰した2022年に消費者の値上げに対する意識が変化したと指摘。その後、賃上げが続いたことが値上げへの耐性を支えたとする。

値上げをすることが悪、という考え方が弱くなっている――。氷菓「ガリガリ君」を販売する赤城乳業の岡本秀幸マーケティングチームリーダーは値上げに対する消費者の意識が変化したと話す。かつては値上げに多くの理由が必要だったが「今は、値上げするのは必要なことだというのが世の中的に認められているような雰囲気を感じる」という。

赤城乳業は昨年3月、看板商品のガリガリ君を税別70円から80円に値上げした。値上げは8年ぶりだ。ガリガリ君は子どもでも買い求めやすい価格で提供するコンセプトを重視し、できるだけ値上げを控える一方、他の商品は段階的に値上げしている。アイスクリームの「ソフ北海道ミルクバニラ」は9月に値上げするが、22年以降4年連続の値上げとなる。

<2割値上げ、販売数量は「3割減」>

一方、値上げを継続してきた企業からは「値上げの限界」を指摘する声が出始めた。

6月の価格改定で20%価格を上げたら、20%以上販売数量が落ちた小売業者があった――。明治のカカオマーケティング部の寺園文比古氏はこう話す。

チョコレートの国内シェアでトップの明治は、22年以降、9回の値上げを実施した。背景には「カカオショック」と呼ばれる先物相場の大幅上昇がある。チョコレートの原料となるカカオの先物価格は主産地・西アフリカでの不作で急上昇し、ロンドン市場では24年に一時1トン=1万ポンドを突破。22年年初の水準に比べ5倍以上に高騰した。

これまで、値上げしても販売数量の落ち込みは小さかったものの、今年6月にミルクチョコレート(50グラム)を20%値上げすると、同月の販売枚数は推計で前月比34%減少した。吉田彰部長は「小売業は22年当時に比べて値上げをすんなり受け入れてくれているが、どこかで限界が来るのではないか」と警戒感を示す。

<今が分岐点>

消費者からは、足元で続く値上げを受け入れているとの声が聞かれる一方で、困惑の声も上がる。

薄葉芙沙子さん(79)は最近の値上げラッシュについて「何も高いものを買っていないのに、合計するとものすごく高くなっている。でも、生きるためには食べなくちゃいけないので、仕方がない」と話す。

一方で「これだけ値上げが続けば、買うものを変えて行かざるをえない」(40代主婦)との声もある。「わが家は1週間当たりのお菓子の購入額を決めている。チョコレート関連は値上がりが大きいので、チョコをやめて安いクッキーにするなど、予算内での買い方を工夫している」と話している。

UBS証券の食品担当アナリスト・伊原嶺氏は、食品値上げは「もう限界に来ているのではないか」と話す。消費者は「悪い意味でインフレ慣れ」しており、例えば牛肉ではなく相対的に価格が安い鶏肉にするなど物価高の中で購買行動を変えていると指摘。真に持続的なインフレには賃金も同時に上昇していくことが必要で「実質賃金がマイナスを続けていることは食品セクターにとってシンプルにネガティブ」という。

渡辺東大名誉教授は、米国の高関税の影響が及ぶ中でも賃金と物価の好循環が維持できるか、いま「分岐点にいる」とみる。22年以降のインフレはそう簡単には経験できず、もし好循環が途切れれば長期にわたって取り戻すことはできないとの見方を示す。「人々が『インフレだインフレだと騒いでいたのに、やはり元に戻った』という感情を持ってしまえば、次はもっと難しい」と語る。

※システムの都合で再送します。

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ドル弱ければ稼げる」、ただ強いドル「好

ワールド

米EU、貿易協定枠組みで今週末合意も 欧州委員長と

ワールド

米加、貿易交渉合意できない可能性 トランプ氏は一方

ワールド

米・イスラエル首脳、ガザ停戦交渉断念を示唆 ハマス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:山に挑む
特集:山に挑む
2025年7月29日号(7/23発売)

野外のロッククライミングから屋内のボルダリングまで、心と身体に健康をもたらすクライミングが世界的に大ブーム

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 2
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心中」してしまうのか
  • 3
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安すぎる景色」が話題に、SNSでは「可能性を感じる」との声も
  • 4
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 5
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 6
    機密だらけ...イラン攻撃で注目、米軍「B-2ステルス…
  • 7
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 8
    アメリカで牛肉価格が12%高騰――供給不足に加え、輸入…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「電力消費量」が多い国はどこ?
  • 10
    羽田空港に日本初上陸! アメックス「センチュリオン…
  • 1
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人口学者...経済への影響は「制裁よりも深刻」
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞の遺伝子に火を点ける「プルアップ」とは何か?
  • 4
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 5
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 6
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量…
  • 7
    父の急死後、「日本最年少」の上場企業社長に...サン…
  • 8
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 9
    約558億円で「過去の自分」を取り戻す...テイラー・…
  • 10
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 6
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 7
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 10
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中