ニュース速報
ビジネス

アングル:米中関税合意、タイなど「チャイナプラスワン」に圧力 

2025年05月14日(水)13時34分

 米国と中国が極めて高い関税を互いに停止する合意に達したことで、ベトナムやメキシコなどの製造拠点は米国との間でより有利な取引を結ぶ必要に迫られている。写真は、ベトナムの衣料品輸出工場で働く労働者ら。2020年12月、ベトナムのフンイエン省で撮影(2025年 ロイター/Kham)

Laurie Chen Emily Green Francesco Guarascio

[北京/メキシコ市/ハノイ 13日 ロイター] - 米国と中国が極めて高い関税を互いに停止する合意に達したことで、ベトナムやメキシコなどの製造拠点は米国との間でより有利な取引を結ぶ必要に迫られている。中国以外に生産やサプライチェーンを分散する「チャイナプラスワン」戦略の恩恵を保持するためだ。

二転三転するトランプ米大統領の関税政策に翻弄される新たな世界秩序において、各国の成功は米国との貿易合意の条件ではなく、他国との比較で測られるようになった。

4月2日にトランプ氏が「相互関税」を発表してからの5週間、多くの国々は米国から中国よりましな関税率を提示されたことに慰めを見いだしていた。対中関税は3月時点の20%から、今月には145%と、禁輸に近い水準まで引き上げられていた。

これに対し、例えばベトナムの関税率は46%、タイは36%、マレーシアは24%だ。こうした国々は、多国籍企業が中国への依存を減らして税率が有利な自分たちの国に製造拠点を移す動きを加速させ、数年前から始まった「チャイナプラスワン」の流れが強まると期待していた。

しかし、米中貿易協議が急に進展し、米国が中国への高関税を90日間猶予し、基本的な30%の輸入関税のみを残したことで、全ては白紙に戻った。

中国の関税率は、相互関税が90日間猶予される中で現在10%の関税を課されている他の製造拠点国よりも依然高い。それでも一部の専門家は、今回の米中合意を受け、多国籍企業による中国以外へのサプライチェーン移転の勢いがやや鈍る可能性があると考えている。

北米貿易の専門家でコンサルタントのディエゴ・マルロキン・ビタル氏は「ゲームのルールは依然として不透明だ」と述べ、「企業は投資をできるだけ先送りするだろう」と予想した。

トランプ氏は1期目から、中国への関税を武器に、製造拠点を米国に移転させようとしてきた。

製造拠点を米国内に戻す「リショアリング」はほとんど実現しなかったものの、アップルなど一部の企業は過去10年間に、労働コストと関税率が比較的低い国に照準を定め、中国に代わる拠点を探し始めた。

東南アジア諸国はメキシコとともに、この流れから最大級の恩恵を受けていたが、米中関税の凍結が今後も延長されれば、比較優位性が失われかねない。ベトナム、タイ、マレーシアは現在、それぞれ米国との関税合意に向けて交渉中だ。メキシコも、自動車など特定の製品に対する関税率引き下げを求め続けている。

<より有利な条件>

上海の復旦大学・米国研究センターのウー・シンボー所長によると、貿易を巡る米中の緊張緩和により、中国からの生産移転を加速する計画だった企業はブレーキをかける可能性がある。

「これらの企業は現在の状況を維持し、中国を主要な事業拠点として維持しつつ、近隣諸国で適切な部分的措置を講じるだろう。事業の大半は中国に残るだろう」とウー氏は話した。

中国の清華大学・国際安全保障戦略センターの研究員、スン・チェンハオ氏は、トランプ氏の政策決定の不確実性は、中国から脱却すべきか否かを、あるいは脱却の程度を決めたい企業にとって「非常につらい」と指摘。「現在緊張が緩和したからと言って、米企業が中国で大胆な事業展開を行うことはないだろう。どの企業も、再び関税が課されるのではないかと様子見を続けている」と語った。

トランプ氏は1期目にも中国に追加関税を課したため、ベトナムなどの国は当時から製造業を引きつけてきた。しかし予想外の米中接近により、こうした国々は、さらに有利な対米合意を結ぶ必要に迫られている。

ベトナムの国際法律事務所、ルターのレイフ・シュナイダー所長は「ベトナムが中国よりも良い合意を結ぶことができれば――今日、その可能性は高まった――、この地域の投資戦略において中国に代わる魅力的な場所としてアピールできるだろう」と述べた。

貿易を巡る緊張と不確実性により、ベトナムへの新規外国投資は既に減少しており、4月には契約ベースで前月比30%減、前年同月比約8%減の28億4000万ドルとなった。

一方、メキシコのシェインバウム大統領は、メキシコは米国の関税政策において比較的有利な立場にあると強調してきた。「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」によって対米輸出の大部分は関税が免除されている。ただトランプ氏は、鉄鋼、アルミニウム、車両、自動車部品に対しては大規模な関税を課している。

メキシコの元駐中国大使で現在は国際貿易コンサルタントのホルヘ・グアハルド氏は、12日の米中関税合意が今後も継続されたとしても、多国籍企業は中国1国に依存するリスクを警戒し続け、メキシコがその恩恵を被る可能性があると予想。「ウォルマート、ターゲット、ホームデポなど、5週間の地獄をくぐり抜けた主要な輸入企業であれば、一時的な緩和を歓迎しながらも別の輸入先を探しているだろう」と話した。

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送イラン、イスラエル報復攻撃開始 数百発のミサイ

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、中東緊張で安全資産に資金流

ワールド

米軍、ミサイル撃墜でイスラエルを支援=当局者

ワールド

ロシア大統領、イスラエル・イラン首脳と個別電話会談
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    ゴミ、糞便、病原菌、死体、犯罪組織...米政権の「密…
  • 5
    【動画あり】242人を乗せたエア・インディア機が離陸…
  • 6
    メーガン妃がリリベット王女との「2ショット写真」を…
  • 7
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    先進国なのに「出生率2.84」の衝撃...イスラエルだけ…
  • 10
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 6
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 7
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 10
    救いがたいほど「時代錯誤」なロマンス映画...フロー…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中