コラム

「夢想家」首相、普天間の迷走

2009年12月14日(月)18時19分

 民主党主導の鳩山政権が誕生しておよそ100日。新政権は、対米政策、とりわけ沖縄の米海兵隊普天間飛行場の移設問題への対応で激しい批判を浴びている。

 この問題で鳩山政権に誤算があったことは間違いなさそうだ。鳩山由紀夫首相は、バラク・オバマ米大統領と率直に話し合えば問題を解決できると楽観していたふしがある(コペンハーゲンの国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議に出席する際に、オバマと首脳会談を行いたいと望んだことに、その発想が見て取れる)。

 ひとことで言えば、鳩山が望んでいるのは、小泉純一郎元首相とジョージ・W・ブッシュ前大統領の関係と対照的な関係をオバマと築くことらしい。

 小泉とブッシュの関係は、日本の対米依存を強め、その結果として、遠く離れた国でのアメリカの戦争を日本が支持する状況をもたらした。鳩山はそれと一線を画し、オバマとの相互の信頼関係を通じて、安全保障以外の分野での協力を重んじる「対等な」日米関係を築きたいと思っている。

■普天間問題のダメージは限定的

 そうした新しい日米関係を実現するために、鳩山はリスクを承知の上で一連の行動を取ったつもりだったようだ。

 日米両国が長年の懸案だった普天間問題を早期に解決できれば、鳩山の望むような日米関係をつくり出す道が開けるという思惑だったのだろう。就任早々にこの問題を持ち出すことにより、これまでの日米関係のあり方からの決別を印象付け、選挙のマニフェスト(政策綱領)を守る姿勢と外交上の手腕をアピールしたいという狙いもあったに違いない。

 しかし、実際に鳩山政権に降り掛かったのは最悪のシナリオだった。政府は外交政策での無能ぶりを露呈し、米政府高官たちの不信感をますます深めつつある。おまけに、米海兵隊の沖縄からの全面移転の可能性をちらつかせて、沖縄の人々の期待を過剰に高めてしまった可能性も高い。

 一連の騒動が浮き彫りにしたことの1つは、私が以前から指摘してきたように、鳩山にはやはりリーダーの適性が欠けているということだ。鳩山は、日本をどういう方向に導きたいかという理念はある程度持っているようだが、それを実現するための方策はほとんど持ち合わせていないように見える。

 私が思うに、鳩山は夢想家の側面が強過ぎて、戦略家としての資質が不足している。政権内に優れた戦略家がいればそれは大した問題でないが、誰がその役割を担うのかがまだ見えてこない。というより、その役割が務まる人材など果たしているのか。

 もっとも、普天間問題が先々まで大きなダメージを残すことはないと、私は考えている。おおむねアメリカ政府が望むような形で決着がつけば、なおさらダメージは小さくて済む。

 鳩山政権は普天間の失敗で懲りているだろうし、10年夏の参院選と新年度予算のことで頭がいっぱいになるはず。今後は、鳩山政権が外交問題について発言する機会は減るだろう。その結果、(普天間問題にとどまらない)未来の日米同盟と在日米軍のあり方全般についての本格的な議論を行いやすい環境が生まれそうだ(鳩山や民主党の小沢一郎幹事長が本来目指すところもそこにあったはずだ)。

■社民党が切れない「離脱」カード

 一方、連立与党の中では、民主党が社民党に対して強い立場に立つことになるかもしれない。確かに、社民党には連立離脱という強力な切り札がある。もし社民党が連立を解消すれば、鳩山政権は参議院で少数与党に転落し、苦しい政権運営を強いられる。

 しかし、社民党がその切り札を切れるのは1度だけ。それに、政権基盤が弱まった鳩山政権が衆議院の解散総選挙に追い込まれる事態になった場合に、社民党に選挙で勝算があるとは思えない。

 そもそも社民党にとって、連立を離脱することにどんなメリットがあるのか。

 現在、福島瑞穂党首が入閣しているおかげで、社民党は国政に対する一定の発言権を確保できている。連立を解消したり、閣外協力に転じたりすれば、影響力が弱まることは目に見えている(その悲哀は、自民党がいま味わっている)。連立与党内で社民党が大きな力を持っているように見えるかもしれないが、その立場は見掛けより弱い(その点では国民新党も同じだ)。

 鳩山政権は普天間問題の扱いを誤った。しかし、鳩山首相と閣僚たちがこの経験から学習して、次はもう少し賢く振る舞える可能性はある。

[日本時間2009年12月11日(金)06時07分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ビジネス

米マスターカード、1─3月期増収確保 トランプ関税

ワールド

イラン産石油購入者に「二次的制裁」、トランプ氏が警

ワールド

トランプ氏、2日に26年度予算公表=報道
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story