コラム

元CIA工作員が占う2020年の世界――危険な「伝統回帰」が戦後秩序を崩壊させる

2020年01月17日(金)18時30分

あの国では、さらに人口の増加に起因する社会的・政治的なストレスに隣国イラクでの戦争が重なり、国内で地方部から都市部への大規模な人口移動が起き、社会の崩壊と内戦を招いた。人口のほぼ半数が難民化し、中東の近隣諸国を圧迫し、膨大な数の国民がヨーロッパに流入した。

2020年には人口と環境の変化がもたらすストレスが、機能不全寸前の国々(イエメンやスーダン、マリ、中米の一部など)を直撃するだろう。技術革新はそれなりの恩恵をもたらすが、一方で先進諸国に社会的なストレスをもたらす。アメリカの伝統的な工業地帯は経済の衰退に見舞われ、中国沿海部の大都市は人口減と技術面の壁にぶつかり、ベネチアは水位の上昇に、南欧諸国は移民の流入に苦しみ続ける。

経済・ポピュリズム・伝統回帰

人口と技術、そして温暖化という3つのトレンドは今後も世界中の経済に深刻な影響を及ぼす。アメリカ経済は堅調に見えるが、過去30年間の変化に対応できていない。

労働者の賃金はほとんど増えず、雇用が増えない理由の80%は(他国との競争ではなく)技術革新の影響とされる。そして人口のストレスは日本に「失われた10年」をもたらし、温暖化によるストレスは世界各地に洪水や山火事の被害をもたらしている。

その結果として、政治の世界では手に負えないポピュリズムが台頭した。文化的な変化を嫌い、異民族を排除したがるこうした論理は、第二次大戦に直結する1930年代の政治状況と酷似している。そこから生まれたのがアメリカのトランプ政権であり、イギリスにおけるEU離脱派の勝利であり、ハンガリーやポーランド、オーストリアにおける極右政党の進出だ。

これは「伝統回帰」なのかもしれない。社会の変化や技術の進歩に対する本能的な敵意は、100年以上の間に保守的なイスラム主義や反米主義を育て、近代的な社会・経済の変化への反発を生み出してきた。

皮肉なものでこうした流れが、およそ無関係に思える勢力(ムスリム同胞団やロシアのナショナリスト、今日の反グローバリズム運動など)を結束させ、現代の技術・経済・社会の変化の大半を拒み、過去200年以上にわたって欧米とその進歩を特徴付けてきたリベラルな価値観の破壊に向かわせている。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日本との合意困難、対日関税は「30─35%あるいは

ワールド

トランプ大統領、貿易交渉で日本よりインドを優先=関

ワールド

仏・ロシア首脳が電話会談、ウクライナ停戦やイラン核

ビジネス

FRB議長、待ちの姿勢を再表明 「経済安定は非政治
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    未来の戦争に「アイアンマン」が参戦?両手から気流…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story