コラム

日本でテロの脅威は増したのか スリランカの惨劇から学べること

2019年05月13日(月)18時00分

テロ後に最大都市コロンボの聖アンソニー教会の警備に当たる兵士 THOMAS PETERーREUTERS

<4月下旬に起きたイスラム過激派のテロは衝撃的だったが、彼らの攻撃対象は今、仏教圏にも広まっているのか>

スリランカでイスラム過激派が4月21日に起こした同時多発テロでは、イースター(復活祭)のミサのために大勢の信者が集まったキリスト教会と外国人観光客やビジネスマンでにぎわう高級ホテル数カ所が標的にされた。報道によれば、死者は253人、負傷者は約500人に上る。

未然に防げたはずのこのテロで、真っ先に問われるのはスリランカ当局の犯罪的かつ致命的な無能さだろう。一方で、これまでイスラム過激派の脅威は少ないと思われていた仏教国でこれほど大規模なテロが起きたことは、タイや日本など仏教圏の国々に衝撃を与えている。

今回のテロ以前、イスラム過激派のいわゆる「ジハード(聖戦)」はアブラハムを祖とする一神教、つまりユダヤ教、キリスト教、イスラム教の世界の脅威だと考えられていた。この3つの宗教が、イスラム原理主義の流れから生まれた一部の跳ね上がり、いわば鬼っ子である「ジハーディスト(聖戦士)」に手を焼いているのだ、と。実際、日本など仏教圏の国々は今でもジハーディストの標的になるリスクは相対的に低い。

どの国であれ、情報機関の究極の任務は敵の計画と意図を知ることだ。その情報を基に、治安当局は必要な対策を取れる。

だが残念ながらほとんどの場合、情報機関が入手できるのはジグソーパズルの断片であったり、互いに矛盾する事実にすぎない。よく知られた悲劇的な例がアメリカで2001年9月11日に起きた同時多発テロだ。CIAは国際テロ組織アルカイダがテロ計画を練っていて、近々決行するという情報を入手していた。だが「誰が、どこで、いつ」は不明だった。

後で振り返れば、CIAとFBIは未然に攻撃を防ぐための情報を十分につかんでいた。ジグソーパズルのピースをはめる作業に手間取っているうちにテロが実行されてしまったのだ。

これは情報機関の典型的な「失敗例」だ。その結果、罪のない人々が約3000人も亡くなった。少なくとも部分的には、この事件がきっかけとなり、米軍は2カ国に侵攻。以後、アメリカはこれまでに「対テロ戦争」に6兆ドルを注ぎ込み、世界は9.11以前とは一変した。

責任のなすり合いに

これとは対照的にスリランカ政府は何週間も前にアメリカ、インド、それに自国の情報機関からテロの詳細な情報を得ていた。攻撃がいつ起こるか、誰が決行するかまで分かっていた。にもかかわらず、何ら対策を取らなかったのだ。

その結果として復活祭の惨劇が起きた。スリランカでは昨年末まで大統領派と前首相派の対立で政治的危機が続いていた。当然ながら今回のテロについても、政府内で既に責任のなすり合いが始まっている。大統領の求めに応じ、国防官僚のトップである国防次官、さらに警察長官も引責辞任に追い込まれた。

スリランカ政府の無能さはさておき、気になるのはジハーディストが攻撃の対象を広げたかどうかだ。今回のテロもご多分に漏れず、人々の不安をかき立てた。彼らは誰を殺そうとしているのか。所構わず攻撃を行うつもりか。次の標的は私たち?

答えは、一般的に言えば「パニックになる必要はない」。特に日本はそうだ。過激派のテロがこの先何年も脅威であり続けることは確かだが、その脅威は人々が想像するほど大きくない。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、9月米利下げ観測強まる

ビジネス

米GDP、第2四半期改定値3.3%増に上方修正 個

ワールド

EU、米工業製品への関税撤廃を提案 自動車関税引き

ワールド

トランプ氏「不満」、ロ軍によるキーウ攻撃=報道官
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ」とは何か? 対策のカギは「航空機のトイレ」に
  • 2
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 5
    「ガソリンスタンドに行列」...ウクライナの反撃が「…
  • 6
    米ロ首脳会談の後、プーチンが「尻尾を振る相手」...…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「風力発電」能力が高い国はどこ…
  • 9
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 10
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 10
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story