コラム

「NO」と言えなかった石原慎太郎

2022年02月15日(火)20時18分

220215furuya.jpeg『「NO」と言える日本』(筆者蔵書・筆者撮影)

『「NO」と言える日本』は、文庫本より少し大きい、ほぼほぼ新書サイズの判型で、本文ページ数も160ページしかなく、その気になれば約20分で読むことができる。すでに述べたように、石原が1999年に東京都知事になった時、保守界隈の中で石原は夕刻の太陽であり、さらに言えば21世紀に入ってから石原が個人としてネットを駆使する戦法をとらなかったため、『「NO」と言える日本』は保守界隈の中で全然バイブルになっていない。

『「NO」と言える日本』は、読んで字のごとくアメリカに対して日本も強くNOと言うべきという、保守界隈の系譜に準拠させれば、新右翼的性質を持った本だと「誤読」されている。新右翼とは、戦後の保守が、その内実はどうであれ、「親米反ソ(反共)」を継続させてきた事に対するアンチとして、1970年代ごろから勃興してきた「反米反ソ」の流れに属し、現在この系譜を継承しているのが『一水会』『統一戦線義勇軍』などの諸団体である。

確かに文中、石原はアメリカ白人の根底にある、ある種の黄禍論的人種差別をひきあいにだし、またアメリカによる原爆投下にもその蔑視が底流にあるためだと吠える。しかし実際にこの本を読んでみると、石原が怒りをあらわにしているのはアメリカではなく、経済力・技術力があるのにアメリカに対してNOと言わない日本の「堕落」した外交官や政治家でに対してである。より正確にこの本を表せば、『「NO」と言える日本』ではなく『「NO」と"言えない"日本』とつけた方がしっくりくるように思う。

『「NO」と言える日本』は日本経済が絶頂を迎え、と同時に日本の国力(当時GNP)が対米約6割までに迫り、世界経済を日本が席巻し、黄金時代を迎えていた1989年に出版された。この本の冒頭では、米ソがいくら軍拡競争をしても、その軍事力の基礎となる半導体技術を日本が握っているのだから、現実世界における米ソ冷戦の帰趨は、日本が握っているという導入から始まる。

なるほど当時の日本の半導体技術は客観的に世界一であった。半導体ばかりではなく、自動車や電化製品に至る日用品まで世界中で日本製品が市場を寡占していた。アメリカでは日本車が叩き壊され、東芝のビデオデッキがハンマーで破壊され、日米貿易摩擦が顕著になり、アメリカ知識人の中では「日本脅威論」が真面目に語られていた。

中曽根康弘の対米追従を酷評

石原は、『「NO」と言える日本』の中で、中曽根(康弘)を批判する。中曽根政権時代、三菱重工がぶち上げた次期支援戦闘機(FSX)計画が、アメリカの圧力を受けて、いとも簡単に、事実上凍結・妥協された事に対して、石原は中曽根の対米追従姿勢を、


「"ノー"と言えるカードを持ちながら、"ノー"を言わないような失敗は悔やんでも悔やみきれない」(前掲書,P.125)

と酷評する。要するに日本はアメリカに伍する経済力と、ソ連をはるかに凌駕する技術を持っているのだから、独自の外交方針で以て、自主防衛を貫徹せよ―。それが今の日本にできるはずなのに、中曽根がそれをしないで「ロン=ヤス」等と言っているのは児戯に等しいと喝破したのである。石原の憤怒は、アメリカではなく「実力があるのに何もしない」日本に向けられていた。『「NO」と言える日本』は、手垢のついた日本スゴイ本でも、「反米本」でもない。明らかに日本の堕落・無能を憂いた本である。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story