コラム

サウナ設計の炎熱首都によみがえる寅さんの世界

2013年08月12日(月)10時21分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔8月6日号掲載〕

 梅雨明けの猛烈な蒸し暑さは、いつもいきなり襲ってくる。7月初旬のある日、昼休みに四谷を歩いていると、道ゆく人々はみな突然の猛暑にショックを受け、当惑し、マラソンを終えたランナーか分娩を終えたばかりの産婦のように疲労困憊していた。不思議だ。毎年猛暑の夏が巡ってくることは分かっているのに、なぜ誰も対策を取らないのだろう。

 巨大なスチームアイロンが上空に現れたように最初の熱波が襲ってくると、東京の都市デザインの根本的な問題が明らかになる。都市建築の専門家ではなく、ホットヨガのスタジオかサウナ設計のプロが手掛けたデザインのようだ。

 もしも夏向きに設計されたのなら、建物の屋上には必ず庭園かプールかビアガーデンがあるはずだ。だが夏の東京はヒートアイランドと化す。ヤシの木もパラソルも心安らぐ波の音もない熱帯の島だ。

 おびただしい数の人が行き交い、無数のオフィスと遊興スポットがある大都会。だが、なぜか夏をしのぎやすくすることは、都市プランナーの思考回路から抜け落ちていたようだ。秋冬春の気候の変化に対応できるようにしたところで予算が尽き、夏まで手が回らなかった? 「民主納涼党」でも結成して、対策を打ち出してくれないものか。

 街を歩いていると、叫びたくなる。道路は焼けた鉄板じゃないか! そこのビルを壊して、風が通るようにしてくれ!

 無理な注文と分かっていても、ぼやかずにはいられない。夏には東京の2つのモットーである便利さと快適さが消え去り、我慢大会の日々になる。

■おサボりも大目に見てもらえる

 都市計画に猛暑対策の視点がないから、人々はやむなく自衛策に走る。ハンカチ、タオル、保冷剤、扇風機。私は自宅の各部屋に2台か3台の扇風機を置き、つけっ放しにしてある。あとはただ忍耐。私もみんなのようにひたすら耐えることを学んだ。

 自分でも笑ってしまうような行動に出ることもある。半月ほど前、私はデパートの紳士服売り場で2枚のシャツを前に思案していた。1枚ずつ明かりにかざして点検した。デザインはどうでもいい。値段が高くてもいいから、とにかく軽くて薄いシャツが欲しい。その一心だった。

 普段はあまり感情を表に出さない東京人も、猛暑の盛りには冷静さをかなぐり捨てる。暑さが彼らの「内なる子供」を外にあぶり出すようだ。「参った、参った」と汗だくのシャツをはだけ、建物に入ると、エアコンの風を全身に受けて、「ああ、生き返った」と叫ぶビジネスマン。電車内では、ミニスカートの若い女性がスマホをいじりながら、汗染みを気にしている。待ち合わせ場所に着くまでに、汗が乾いているといいけど......。

 私も相当クレイジーな人間になる。1日に3枚、時には4枚シャツを替える。まるでデートに行く女子高生だ。引き出しを引っかき回して一番薄いシャツを探す。冷蔵庫の製氷皿の水がまだ凍っていないことにいら立ち、一歩外に出ると、吸血鬼のように直射日光を避ける。

 とはいえ、猛暑はサボる口実にもなる。「この暑さで......」と言えば、だらけていても大目に見てもらえる。会議や教室やオフィスでボーッとしていても、「ああ、夏バテね」と同情してもらえる。猛暑の東京は怠け者に優しい。

 蒸し暑さは不快だが、夏ならではののんびりムードは悪くない。夏の東京は「スローフード」ならぬ「スローライフ」モードに移行する。 その生活ペースは、ヒートアイランドになる以前の昭和の東京を彷彿させる。畳の上にごろりと寝転がり、うちわを使い、セミの声を聞き、冷たい麦茶を飲んだ時代。夏には東京全体が寅さん映画の時代に戻りたがるようだ。

 ただし、寅さんの実家の団子屋にもエアコンがあるという設定にして......。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

デギンドスECB副総裁、利下げ継続に楽観的

ワールド

OPECプラス8カ国が3日会合、前倒しで開催 6月

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ワールド

ロ凍結資金30億ユーロ、投資家に分配計画 ユーロク
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story