コラム

「あかん」と「おかん」の元気力

2009年11月18日(水)18時20分

今週のコラムニスト:コン・ヨンソク

 先日、学会に出席するため3日ほど滞在した神戸で僕は、不思議にも「故郷の味」を見つけた。そこで今回は、いつもとは趣向を変えて「KANSAI EYE」から見た東京との対比について話をしてみようと思う。

 短い滞在での感想ではあるが、神戸の印象を一言で言えば、元気で気さくでオープンだということ。そしてなぜか、老若男女を問わずみんなソフトクリームを「ごっつ」食べていた。立ち寄った喫茶店でも、おばちゃん集団がアイスコーヒーにソフトを乗せて食べていたので、真似して注文したら結構うまかった。

 三宮の居酒屋では、その声の大きさに圧倒された。声の大きさでは世界有数の(それでひんしゅくを買っている)韓国から来た先生も、「日本人は声が小さいと聞いていたが、ここ(神戸)は違うみたいだね」と笑っていた。おかげで、僕たちは気兼ねなく韓国語でまくしたてることができた。

 女性も気ままな感じが印象的だった。若い女の子がパジャマのような派手な全身ジャージ姿で、平気で犬の散歩に出かけているし、カップルも女性が男の肩に手をかけたり、やたらと男をいじっている。まるで、『猟奇的な彼女』の国の今時の女の子みたいだ。

「おかん」たちも韓国のアジュンマ(おばちゃん)に似ている。ファッションセンスはお世辞にもあるとはいえないが、比較的デーハな装いに果敢にチャレンジする。しかも、その自覚がまったくない。新神戸駅前で、登山グループに出くわしたが、あまりのアジュンマぶりに爆笑しそうになった。

 要するに、みんな自分の感情に素直で他人の目を気にせず、好きなようにやっている感じがした。東京での僕は、いかに自分を出さずに周囲の目を気にしながら息を殺して生きていたかに気づかされる。

■人間味がある「あかん」の魅力

 その最大の要因は言葉にあるのだろう。3日間、僕には関西弁がとても心地よく聞こえた。「言葉は文化」という言葉があるように、関西弁には人と人との距離を縮め、愛嬌と情の交感を通じて、人々を元気にする力があるように思える。

 前回このコラムで東京の警官について書いたが、関西弁で道を教えてくれる神戸の警官には親近感が持てた。焼肉店でも、「網、変えてくれまへん?」という響きは神戸牛以上に美味しかった。極めつけは「おかん」たちがよく使っていた「あかん」という言葉だった。

 どこからともなく聞こえてくる「あかん×3」の響き。「ダメ」、「いかん」は本当に「悪い」ことをした感じがして、断絶と絶望感しか残らない。だが、「あかん」と言われると、何かその先に人間味が感じられる。僕の好きな「どないすんねん」も同じだ。

 関西弁には、否定的な言葉をユーモアに変える「諧謔」の精神がある。最悪の事態を笑い飛ばす楽観主義は、韓国人の情緒にも相通じるものがある。相手と感情の共有を目指すことで、言葉が人と人との懸け橋になっているのだ。80年代に上岡龍太郎は「本来の日本語は関西弁や、関西弁を標準語にすべきや」と豪語していたが、その提言に僕も1票を投じたい。

 朝の情報番組のスポーツコーナーのトップが、阪神のウイリアムズ投手の退団のニュースであるのを見て、この地域差、この違いは素晴らしいと思えた。時代はグローバル化の波に覆われているが、日本や世界がある「文明標準」に基づいて画一化される悪夢だけは何とか阻止したい。そう思いながら神戸を後にした。


■文明の中心・東京のルール

 東京駅に近づき、速度を落とした新幹線はまるで「文明」という名の強力な引力に吸い込まれるようだった。日曜の夜というのにまだ灯りのついている高層ビル群の手厚い歓迎を受けていると、やはり東京の主人はこのビルたちなのだと思えた。ご主人様、ただいま!

 東京駅からJR中央線に乗る。すると東京人と神戸人の違いに気がついた。東京には外見も含めて多様な人種が溢れているが、「一人」の人が圧倒的だった。ほとんど無表情でうつむき加減のまま、マスクとイヤホンをつけ、携帯をいじっている人が圧倒的に多い。

 行動は連鎖するもの。僕は神戸滞在中には使うことがなかったウォークマンのスイッチを入れた。周囲の音を遮断するノイズ・リダクション機能は、まさに東京とソニーのコラボで生まれた商品だということがわかった。

 イヤホンで自分のバリアを作り、他人と視線を合わせず、寡黙に指を動かす。もちろん東京を孤独だとか、非人間的だとか責めるつもりはない。東京を敵に回した瞬間、その人は東京という文明標準から排除される。みな、この文明の中心にしがみつくように、そこで何か光を求めて生きる。それがこの街のルールなのだ。

 そこで思う。関西が日本の中心だったら、日本や日本人の標準はもう少し「おかん」なものになったのだろうか? それとも、やはり何も変わらなかっただろうか?

 だとしたら、関西はいままでのようにナンバー2のままでよく、阪神が巨人にならなくていいのかもしれない。「おかん」と「あかん」が永遠に続けば、それでええねん!

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透

ワールド

米が防衛費3.5%要求、日本は2プラス2会合見送り

ビジネス

トヨタが米国で値上げ、7月から平均3万円超 関税の

ワールド

トランプ大統領、ハーバード大との和解示唆 来週中に
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 8
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 9
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 10
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 10
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story