コラム

マックには邪魔なジョブズの美意識

2010年10月26日(火)18時25分

 最近のアップル・イベントにはちょっと興味深い共通点がある。
大きな発表をしながら、いくつか並べられる小さな発表。実はこの小さな発表の方に、今後のアップルを占う重要なキーが隠されているのだ。

 先日(10月20日)の「Back to Mac」イベントもそうだった。もちろん、この日の主役は軽くなった新型マックブック・エアだった。だが、「あれ?」と思わせたのは、マック用のアップストアがオープンするという脇役ニュースの方なのである。

 アップストアは、iPhoneやiPod、iPadのユーザーならばよくご存知の、アプリをダウンロードするサイトである。便利で使い勝手もいい数々の面白いアプリがここから買える。アップストアがあるのは、特殊なモバイル・サイズにフォーマット化されたアプリを集める必要があるからだろうと思っていたのだが、いや、よく考えてみればそんなことはないのだ。

 アップストアのしくみは、つまりはアップルが元締めとなってアップルのモバイルで走るアプリをすべてここで一括して売りましょう、ということだ。何よりもブラウザーを動かしてあちこちへ探し物に出かけなくても、ここにすべてが集まっているという手軽さはありがたい。小さなアイコンになったアプリはわかりやすいし、なんだかかわいい。そんなこんなの理由で、iPhoneやiPadにぎっしりとアプリを詰め込んでいるユーザーも多いだろう。

 マック用のアップストアというのは、そういう便利さとわかりやすさを、アップルのコンピュータでも提供しましょうということなのだが、さてこれが意味するのは何か。

■また悪いことが起こる予感

 いいことから挙げると、上述したように一カ所に集まっていて、どんなアプリがあるのかをざっと見ることが簡単になる。これまでは、どんなアプリがあるのかをどこかの情報で知るか、検索して探すしかなかった。だが、これからはアップストアで総なめできる。

 また、ダウロードした後にちゃんと動くのかとうか、一抹の不安を感じる必要もなくなるだろう。アップルが先に精査してくれるので、そのあたりはスムーズに進むはずだ。アップデートも自動的に行われ、ユーザーが細々と気を使うことはなくなる。

 アプリの値段も安くなるだろうと予想されている。来年、このアップストアが始まれば、成功間違いなし。ダウンロードもたくさんあるので、ディベロッパーたちは値段を下げても充分やっていけるというのだ。

 だが、悪いことが起こりそうな予感もある。その前例は、すでにiPhoneやiPad用のアップストアで見られるのだが、つまりはアップルがよくわからない基準でストアに並ぶアプリを選んでいて、いいアプリもストアから蹴り出されるということだ。

 たとえば、アップルも同じようなソフトを開発している競合アプリなどはどうだろう。マイクロソフトのオフィス関連のソフトなどは、まともに扱ってもらえるのだろうか。あるいは、アップルとほぼ犬猿の仲となっているアドビはどうか。

 アップルでは、アップストアだけがアプリを買える場所になるのではなく、これまで通りウェブ上の他のサイトからダウンロードしたり、パッケージ・ソフトを買ってきてダウンロードしたりすることもできると言う。

 だが、アップストアの勢力が強くなれば、そうした他のサイトはどうしても見えにくくなるだろう。それに、ひょっとするとアップストアの製品に課すのと同じ規制を、他の製品にも強要するようなしくみを作ってしまうことはないだろうか。

 アップルのスティーブ・ジョブズは、このイベントの数日前に開かれた四半期業績発表会で、「アップル製品を閉じていると批判するのは間違い。統合(インテグレート)されているのだ」とさかんに訴えていた。

■モバイル機器とパソコンは別

 彼の考えは、ユーザーが自分のコンピュータのシステム・インテグレーターにならなくて済むように、アップルがその役を買って出ましょうということだ。整ったきれいな店から、きれいなアプリを選んで買う。それでいいでしょう、というわけだ。それはそれなりの主張ではある。

 ディベロッパーにとっては、これはもっと大きな変化だ。まずは、売り上げの30%をアップルが徴収する。その上、アプリを買ったユーザーのデータは手にすることができず、また自分のサイトならば可能なデモ版のダウンロードとか、後で機能を追加するといったようなことに対して、いろいろな制限がかかってしまうのだ。

 美しい製品の世界を夢見るあまり、コントロール・フリークになりがちなアップル。小さなモバイルならばまだしも、生活と仕事のツールであるコンピュータが必要以上にコントロールされてしまうと、その存在意味がなくなる。コンピュータは、全方向に開けたものであり続けてほしいと思う。

 ユーザーは今、岐路に立たされているようにも感じるのだが、どうだろうか。一方の道は、インターネットの広い世界を自分で歩いて、自分の好きなものを好きな風に見つけてくること。もうひとつの道は、きれいに整えられた道を歩くこと。

 まだ発展途上のテクノロジーの世界、私自身はまだもう少し前者の道を歩き進めたいと思うのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスから人質遺体1体の返還受ける ガ

ワールド

米財務長官、AI半導体「ブラックウェル」対中販売に

ビジネス

米ヤム・ブランズ、ピザハットの売却検討 競争激化で

ワールド

EU、中国と希土類供給巡り協議 一般輸出許可の可能
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 10
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story