コラム

何故オキナワでインティファーダが起こらないんだ?

2010年05月27日(木)10時45分

 日本を始めて訪問したアラブ人知識人に、よくこう聞かれる。「第二次大戦後、連合軍の占領下に入ったとき、日本での反米抵抗運動はどんな感じだったんだ?」

 いや、特段大きな抵抗運動はなかったよ、と応えると、相手はとてもびっくりして、そんなはずはない、と、信じてもらえない。米軍との戦争を経験したイラク人は、広島、長崎に原爆を落とされておきながら、どうして反米運動が起きなかったのか、と疑問をぶつけてくる。「イラクで全国的な反米運動が吹き荒れたというのに、戦後の日本に抵抗運動がなかったなんてありえない!」 

 そんな彼らが今の沖縄の状況を見たら、きっとこう質問するだろう。「なぜ沖縄は、こうも長く外国軍の基地を押し付けられながら、パレスチナで起きたようなインティファーダ(民衆暴動)を起こさないのか?」

 1987年末に西岸、ガザで起きたインティファーダは、20年間のイスラエル占領、40年間の難民生活にフラストレーションを溜めたパレスチナ人たちが、武器もない状況で、路上の石を駐留イスラエル兵に投げつける、市民暴動として始まった。政治家たちが外交政策や経済的圧力などを何十年も試みながら、イスラエル軍を自分たちの生活空間から追い出すことができない――そのことにキレた若者たちが、素手の実力行使を始めたのである。

 外国軍に出て行ってもらいたい、と平和裏に運動を続けても、その目的がなかなか達成できないとき、結局力で追い出すしかない、という結論に至る――。そして皮肉なことに、捨て身の実力行使によって外国軍を追い出した例は、結構多いのだ。あの圧倒的な軍事力を誇るイスラエル軍がレバノン南部の占領地を手放したのは、ヒズブッラーの執拗な攻撃に辟易したことがあるし、イスラーム主義勢力のハマースが頑張っているガザ地区を占領し続けるのはコストが大きすぎる、とイスラエルは考えた。オバマ政権になってイラクからの米軍撤退が既定路線化したのは、戦後の激しい反米抵抗運動によって4000人以上の米兵を失い、イラク駐留が割の合わないことだと認めざるをえなくなったからだ。

 つまり、「駐留外国軍をやっつければ撤退に追い込むことができる」というロジックは、残念ながら中東では説得力がある。

 そうではない、力で追い出さなくとも外国軍を退かせる道はあるのだ、と示したかに思えたのが、鳩山総理の「最低でも県外」の普天間移設発言だったのではないか。だが、それは簡単に翻されたことによって、逆に「やはり道はなかった」ことを証明してしまった。

 戦後抵抗運動も反米運動もなく、平和な日本を築き上げてきた、との自負は、国際社会に誇ってよいことだ。殺し合いをせずに戦後の復興を遂げた日本を見習いたい、と、紛争に悩む国々に思ってもらいたい。だが、それがただ、国民の一部に我慢と犠牲を強いるだけの、無責任な政策の結果の平和なら、見習いたくもない、と思われても仕方ない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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