コラム

「お粗末」なのか謀略か

2011年10月24日(月)12時12分

 駐米サウジアラビア大使を暗殺しようとしたという罪状で、イラン系アメリカ人が起訴された事件。謎があります。

 アメリカFBIの発表によれば、テキサス在住のイラン系アメリカ人マンソール・アーバブジアが、イラン革命防衛隊に雇われ、メキシコの麻薬犯罪組織ロス・セタスに暗殺を依頼した、というのです。

 イラン政府は、これを全面的に否定していますが、アメリカとイランとの関係は、一段と険悪なものになりました。さらにサウジアラビアとイランの関係が悪化したのも、当然のことでしょう。

 そもそもサウジアラビアは、国内にいるシーア派が、同じシーア派のイランの後押しを受けて謀反を企てていると疑っていますから、対イラン政策が強硬なものになることは避けられないでしょう。

 本誌日本版10月26日号は、「お粗末過ぎるイランのサウジ大使暗殺計画」と題した記事で、このニュースを取り上げています。

 この記事では、次のような疑問が提示されます。「革命防衛隊はなぜ、すぐに発覚するような犯罪計画に手を染めたのか」と。

 ちなみに革命防衛隊とは、イラン革命で誕生した現イラン政権を防衛する軍事組織。国軍兵士は徴兵によって一般国民から構成されますから、現体制に不満を持つ人間も紛れ込む可能性があります。この連中がクーデターを起こさないように対抗する軍事組織が革命防衛隊なのです。現政権に忠誠を誓う精鋭部隊で、アフマディネジャド大統領も、ここ出身です。

 この組織が、なぜ駐米サウジ大使暗殺を狙ったのか。「革命防衛隊内部には、対外的な危機をつくり出したい勢力がいる。それによって自分たちの力を強化し、イラン国内のさまざまなグループを団結させようとしている」との亡命イラン人の見方を紹介しています。

 でも、「細心の注意が必要なこの種の作戦に、革命防衛隊はなぜアーバブジアのような素人を使ったのか。多くのイラン問題の専門家は首をひねる」

 これが普通の反応でしょう。この記事は、アーバブジアのいとこで革命防衛隊の幹部が「上司の許可を取らずに、アーバブジアを内偵役に雇った可能性がある」と推測しています。

 しかし、革命防衛隊がなぜ素人を使ったのかという疑問を呈するのであれば、「そもそも、この暗殺未遂は本当にあったことなのか」との、もうひとつの可能性についても検討していいのではないでしょうか。アメリカにしてみれば、反米国家イランを中東世界で孤立化させたいという欲求があるのは明らかなのですから。

 まずは、そもそもアメリカの発表を疑ってみることから始め、その可能性を検討・分析する内容も含まれていないと、アメリカ政府の言い分をナイーブに信じた記事と批判を受けても仕方がないのではないでしょうか。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

情報BOX:パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRB、5会合連続で金利据え置き 副議長ら2人が利

ワールド

銅に50%関税、トランプ氏が署名 8月1日発効

ワールド

トランプ氏、ブラジルに40%追加関税 合計50%に
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 4
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 5
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story