コラム

大統領とは殺人を命じる職でもある

2011年05月12日(木)11時22分

 ウサマ・ビンラディン殺害に沸くアメリカ。パキスタンの隠れ家にいるビンラディンを確認した米海軍特殊部隊は、丸腰のビンラディンに対して躊躇なく銃弾を見舞いました。オバマ大統領の命令を実行したのです。身柄を拘束するつもりは最初からなく、殺害するのが目的だったようです。

 パキスタンという他国の領土に勝手に入り込んで、ビンラディンを殺害するなど、まさに暗殺作戦。そんなことが認められるのか。こう問われた米政府首脳は、「太平洋戦争中、日本軍の山本五十六司令長官を暗殺したのと同じで、戦争中の司令官殺害は正当な戦争行為だ」と答えたとか。まさか、ここに山本五十六が出てくるとは思いませんでしたが、米政府は、ビンラディンが率いたアルカイダと戦争をしているという認識であることがわかります。そういえば、2001年9月11日の同時多発テロを受けて、当時のブッシュ大統領は、「これは戦争だ」と叫びました。それが、いまも続いているのですね。

 今回の特殊部隊による作戦は、オバマ大統領による承認によって開始されました。つまり、「ビンラディンを殺害せよ」と命じたのですね。アメリカの大統領とは、殺人を命じる職でもあるのです。政治のトップとは、なんとも辛い職業です。もっとも、日本の政治家に、果たしてどれだけの自覚・認識があることやら。

 「アメリカ人はずっとオバマびいきだったが、最高司令官としての資質を疑っていた。今回の作戦成功でその疑いが消えた」と歴史家のダグラス・ブリンクリーに語らせているのは、本誌日本版5月18日号の記事です(「弱腰」オバマは汚名返上できたか)。

 この記事は、オバマが、大統領選挙中から「タカ派顔負けの口調で叫んでいる」ことを読者に思い出させます。

 「テロ組織の幹部の潜伏場所に関する情報があるのに、(パキスタン政府が)行動を起こさないなら、われわれがやる」と。

 現在の米軍・CIAは、アフガニスタンとの国境に近いパキスタン領土に潜むアルカイダのメンバーに対して、無人機を使っての殺害を続けています。連日のようにパキスタンの主権侵害を繰り返しているのです。その延長上に、今回のビンラディン殺害もあるのです。

 オバマ大統領は、実はブッシュ顔負け、いやブッシュ以上のタカ派だったようです。しかし、非常に慎重で巧みなタカ派です。一期目の大統領は、二期目の当選を目指します。対テロ作戦も、大統領再選戦略に位置づけられます。

 「来年の大統領選で。共和党候補がオバマの最高司令官としての資質に異議を唱えることは難しくなった。そんなことをすれば、ブッシュが8年かけても達成できなかったことをオバマが2年でやり遂げた事実を有権者に思い出させるだけだ」

 ちょっとオバマを持ち上げ過ぎなんじゃないの、と突っ込みを入れたくなりますが、ビンラディン殺害も、結局は政治戦略の中に組み込まれてしまうものなのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシア中銀、3会合連続金利据え置き ルピア支

ワールド

戦略的互恵関係を推進、国会発言は粘り強く説明=日中

ビジネス

アングル:米株式取引24時間化、ウォール街では期待

ビジネス

英CPI、11月+3.2%に鈍化 市場は18日の利
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story