コラム

大阪維新の会は負の所得税で社会保障を「リセット」できるか

2012年02月24日(金)12時36分

 大阪市の橋下市長の率いる「大阪維新の会」は、次の衆議院選挙に候補者を擁立する方針だ。その公約となる「維新版・船中八策」の骨子が産経新聞に出ている。表題は「日本再生のためのグレートリセット」。まだ組織内で協議する「たたき台」だというが、注目すべき政策がいくつか含まれている。

 参議院の廃止や首相公選などが論議を呼んでいるが、これは自民党政権でも何度も論じられた問題で、憲法改正が必要なので容易ではない。もう一つ重要なのは、社会保障の見直しだ。「世代間格差の是正」が理念として掲げられ、「現行の年金制度は一旦清算=リセット」する。「年金の積立方式への移行」や「掛け捨て方式」など、民主党も自民党もふれない問題に踏み込んでいる。

 特に注目されるのは「ベーシックインカム(最低生活保障)制度の検討」である。ベーシックインカム(BI)とは、個人に対して一律に定額の給付金を支給するもので、経済学で負の所得税として知られている制度と実質的に同じだ。この点について私がブログでコメントしたところ、橋下氏からツイッターで次のような返事をもらった。


池田信夫さん。負の所得税とベーシックインカムの解説ありがとうございます。イデオロギーは別として、給付付き税額控除って、その税額控除分はBIと同じやんかと思ったのです。現在の生活保護と違い、努力がきちんと反映すること、そして今ある補助金・助成金・社会保障制度の大整理。


 負の所得税は1962年にミルトン・フリードマンが『資本主義と自由』で提案したものだ。たとえば課税最低限が年収400万円、税率が20%だとすると、それを超える所得に課税するのと同じように、それ以下の所得の人にはマイナスの税金(給付金)を支給するのだ。

 たとえば年収100万円の人には、400万円との差額(300万円)の20%である60万円を支給する。所得ゼロの人には400万円×20%=80万円が支給される(これはBIと同じ)が、生活保護は働くと打ち切られるのに対して、負の所得税だと働いて所得が100万円になると所得は160万円に増えるので、労働意欲を阻害しない。

 さらに重要なのは、社会保障を負の所得税に一元化すれば、それ以外の生活保護や公的年金などを廃止できることだ。フリードマンも指摘したように、公的年金は不合理な制度である。豊かな老人もいれば貧しい若者もいるのに、年齢という基準で一律に所得を移転するのはおかしい。現在の日本では個人金融資産の60%を60代以上が保有しているので、公的年金は資産の「逆分配」になる。

 失業保険も負の所得税に吸収できる。地方交付税も、地方にも金持ちはいるのだから一律に所得移転するのはおかしい。守るべきなのは個人であって「失業者」や「地方在住者」などの特定のグループではないのだ。老人医療の無料化やバスの老人無料パスなどの裁量的な福祉制度もすべて廃止し、負の所得税に一元化すれば、厚生労働省の事務のほとんどはいらなくなる。

 負の所得税は現在の社会保障を「リセット」するので、フリードマンの提案から50年たっても実現した国はない。民主党の公約した「給付つき税額控除」はこれに近いが、他の社会保障を廃止しないと財政支出がふくらむので実現しない。負の所得税は社会保障経費をゼロにして税に統一するので、財政再建の役に立つ。維新の会がこれを公約に掲げて闘えば、若い世代の支持を得られるだろう。

 しかし有権者の過半数を50代以上が占める日本では、公的年金を負の所得税に変えることは政治的に不可能だろう。年金を積立方式に変えるという維新の会の政策も多くの経済学者の提案するものだが、現在の高齢者の既得権を侵害するので、与野党ともにまったく論議にならない。

 国政レベルでは困難でも、大阪や近畿圏だけでも「特区」として負の所得税を導入してはどうだろうか。既得権を奪われるのがいやな老人が出ていけば財政負担は軽くなり、若者や移民を受け入れれば大阪の地盤沈下を防げる。そういう提案を『もし小泉進次郎がフリードマンの「資本主義と自由」を読んだら』でしたところ、それを読んだ橋下氏から次のような返事をもらった。


これ面白かったです。登場人物の僕はかなりイカれてましたが、まあそんな感じです。でもこんな大阪弁は使いません(笑)。大阪独立、ほんとそれを目指します。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、横浜本社ビルを970億円で売却 リースバック

ビジネス

ドイツ鉱工業生産、9月は前月比+1.3% 予想を大

ビジネス

衣料通販ザランド、第3四半期の流通総額増加 独サッ

ビジネス

ノジマ、グループ本社機能を品川に移転
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイロットが撮影した「幻想的な光景」がSNSで話題に
  • 4
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 5
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 6
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 7
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 8
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story