コラム

首相を使い捨てる永田町の「みそぎ」

2010年06月03日(木)13時54分

 鳩山首相が辞任した。在任期間は259日と歴代の首相の中では第7位の短さだが、その前の首相も安倍晋三(366日)、福田康夫(365日)、麻生太郎(358日)と歴代12・11・10位である。小泉純一郎(1980日)が歴代3位と突出して長く、それ以前の内閣も自民党総裁の任期(3年)に満たない。ここまで短命政権が続くと、首相の個人的な資質ではなく、制度の問題と考えざるをえない。

 根本的な原因は、議院内閣制によって首相が与党の党首から選ばれるため、引きずり下ろしやすいことだ。これが大統領であれば、弾劾の手続きが必要で、大統領選挙もやり直さなければならないので、途上国のようにひどいスキャンダルがあっても、大統領は容易にクビにできない。ところが議院内閣制では、与党の支持を失ったら党首は政権基盤を失うので、失脚しやすい。選挙も国会の中だけなので、コストは低い。

 第二の原因は、90年代以降、連立政権が続き、政権内の対立や参議院での「ねじれ」で党首が板ばさみになるケースが増えたことだ。ねじれに嫌気がさして政権を投げ出した福田首相はその典型だが、自由党の連立離脱をめぐる紛争の最中に急死した小渕首相や健康を害した安倍首相のケースも、こうしたストレスがいかに大きいかを示している。小選挙区制にすれば連立政権の不安定性が改善されるはずだったが、参議院が元のままだったため、かえってねじれをもたらした。

 第三に、日本の組織の意思決定がボトムアップで行なわれ、トップはそれを調整する役割しかないことだ。これは企業でも同じで、取締役会は事業本部長の集合体で、社長はその合意事項を実施するだけということが多い。だから首相も社長も誰でもよく、問題が起きたらトップの首を差し出せば片づく。実際にはトップは何も決めていないので、交代によって失われるものはほとんどない。

 では、よくいわれるように日本も大統領制にするとか首相を公選にすればいいかというと、これは逆である。大統領制の国では、少数与党になって議会との間にねじれが起こることが珍しくなく、政権運営は議院内閣制よりむずかしい。本来はイギリスに見られるように、議院内閣制のほうが政権基盤は強いはずだ。

 これは日本の政治がまだ二大政党制に慣れていないこともあるのだろうが、もっと根深い問題は、前述の日本的意思決定システムである。欧米では大統領や首相に権限が集中しているが、日本の内閣は明治憲法で天皇を補佐する機関としてできて以来、官庁の集合体でしかなく、首相は下部機関も持っていなかった。この点は橋本政権で官邸(内閣官房)の機能が強化され、小泉政権ではそれを活用して一定の改革が実現した。

 しかし依然として首相の法的権限は弱く、官邸スタッフは各省庁からの出向だから、小泉氏のような「名人芸」がないと官邸主導は実現できない。自民党では派閥や族議員によって政治が「分権化」されていたため、小泉氏のようにそれを公然と無視することは普通の首相にはむずかしい。鳩山政権では小沢幹事長との二重権力状態が続いたので、首相の言葉が最終判断にならなかった。

 官僚は、こうした政権基盤の弱さに敏感である。細川政権のときは、斉藤次郎大蔵次官のように小沢氏に加担した官僚は、自民党に政権が戻ってから各官庁でいじめ抜かれた。今度の民主党政権も4年もたないおそれが強いので、官僚はその足元を見て「面従腹背」を続け、情報が政務三役に上がらず、「政治主導」は掛け声倒れになってしまった。

 このように既得権や前例主義によって合意を形成し、それが行き詰まると指導者が「切腹」して責任をとるのは、日本の伝統的な風習ともいえる。状況が変化するときは今までの約束を破らなければならないが、それを法改正や司法判断で行なう制度が整っていないため、トップに責任を押しつけて追放する。自民党政権では、首相を引きずり下ろすとき「みそぎ」という言葉がよく使われたが、この点では民主党も日本の伝統に忠実である。

 意思決定の不整合の責任を首相に押しつけてストレスを解消しても、本質的な問題は何も解決しない。沖縄の基地の問題は残ったままだし、消費税の引き上げは避けられない。いい加減にこういう村祭りのような儀式はやめ、日本の政府でも約束を破るメカニズムを制度化してほしいものだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story