コラム

グーグルは中国の「国家資本主義」に勝てるか

2010年01月21日(木)15時58分

 グーグルが中国からの撤退を示唆した事件は大きな反響を呼び、アメリカと中国の政府がコメントする事態に発展した。それはこの問題が一企業のビジネスを超えて、世界第二の経済大国になる中国が民主主義の国ではないという矛盾に関連しているからだろう。これは今後のアジアの政治的安定ともかかわる大きな問題である。

「政治的民主主義なしで経済的自由主義は発展するか」という問題は、古くから論争のテーマになっている。本誌の英語版でも、Daniel Grossは「民主主義なしで豊かになろうとする中国の路線は行き詰まる」と書いているが、Martin Jacquesは逆に「中国の経済発展を支えているのは強力な国家権力だ」と書いている。欧米のメディアでは前者のような意見が多いが、経済学の実証研究ではそういう傾向は必ずしも明確ではない。

 欧米の民主主義国が豊かで、アフリカの独裁国家が貧しいことは事実だが、それは民主主義によって成長率が上がるという因果関係の証明にはならない。逆に韓国や台湾のように、経済発展の結果、人々が豊かになって独裁制が崩壊するという因果関係も考えられる。グーグルが体現しているアメリカ的民主主義が、どこの国にも根づくとは限らない。経済発展の初期に国家が戦略部門に資源を傾斜配分する国家資本主義は、経済発展の有力なモデルである。

 戦後の日本も、政府が経済を指導する国家資本主義の一種といえよう。かつて「東アジアの奇蹟」と呼ばれた国々も、多かれ少なかれ国家の介入が強い。1950年代までソ連の成長率がアメリカよりも高かったのも、資本と労働の投入量を増やす上では社会主義がすぐれていることを示している。しかし経済が成熟して生産要素の投入量よりも企業のイノベーションが重要になると、国家の介入は成長率を制約する要因になる。その典型が日本である。

 中国は、経済的にはすでに社会主義ではなく、国家資本主義と呼んだほうがいい。しかしGDPでは日本を抜くといっても、中国の一人あたり所得はまだ日本の1割で、それが先進国並みになるにはあと20年はかかると予想されている。その段階まで国家資本主義が続くとすれば、当面はグーグルに勝ち目はない。しかし国家資本主義に言論統制が不可欠というわけではない。経済が順調なら言論の自由を許しても共産党政権を倒す勢力は容易に出てこないので、中国はゆるやかに成熟して「普通の国」になってゆくのではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

フランス産ワイン・蒸留酒輸出、貿易摩擦の影響で3年

ビジネス

丸紅の時価総額が10兆円に、27年度末目標より早期

ビジネス

英BP、第4四半期利益は予想通り 事業評価損で自社

ビジネス

オーストラリア証取CEOが5月退任へ、理由は不明
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 2
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...周囲を気にしない「迷惑行為」が撮影される
  • 3
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トランプには追い風
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 6
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 7
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 8
    変わる「JBIC」...2つの「欧州ファンド」で、日本の…
  • 9
    衆院選で吹き荒れた「サナエ旋風」を海外有識者たち…
  • 10
    「二度と見せるな」と大炎上...女性の「密着レギンス…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 5
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 6
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 7
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 8
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story