コラム

カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面を突き破って侵入する力の正体が明らかに

2026年02月20日(金)19時00分

では、どのようなメカニズムで、PKS2PBG13を破壊した炭疽病菌では通常の炭疽病菌と比べて膨圧が下がるのでしょうか。

研究者らは、アプレッソリアの細胞壁がどれくらい大きい分子まで通すのかを孔(あな)サイズで評価しました。その結果、通常の炭疽病菌では分子量約140以上の分子を通さず0.4~1.7ナノメートル程度と推定されたのに対し、PKS2PBG13を破壊した炭疽病菌では分子量が10000の分子も透過させ5ナノメートル以上と推定されました。

つまり、PKS2PBG13は半透膜として機能する細胞壁の孔サイズを縮小し、分子量の大きい物質が透過するのを止める役割(分子量の大きい物質がアプレッソリア内に留まると、浸透圧で水を吸収して高い膨圧が発生する)を担っていることが示されました。

さらに検証を進めると、膨圧形成に必須な二次代謝物生合成酵素ペアであるPKS2とPBG13が同定できました。また、PKS2とPBG13はジヒドロキシヘキサン酸(dihydroxyhexanoic acid:DHHA)のポリマー(重合体)を生合成していました。

よって、DHHAポリマーは、アプレッソリア細胞壁の孔サイズを縮小させることで浸透圧を調整する大きな分子量の物質の流出を防ぎ、高い浸透圧および膨圧の形成に寄与することが示唆されました。これまでの定説を覆す大発見です。

バイオマテリアル開発への応用にも期待

本研究の意義は、炭疽病菌やイネいもち病菌という農作物に重大な病害を与えるカビの感染時のメカニズムの一端を分子レベルで解明したことだけではありません。従来の殺菌剤ではなくPKS2、PBG13を標的とする阻害剤を使えば、病原性のみを抑制することで耐性菌の出現を抑えられるかもしれません。加えて、高い膨圧に耐える半透膜構造であるアプレッソリアの細胞壁について今回得られた知見は、バイオマテリアルの開発に役立てられる可能性があります。

今回の研究の責任著者である白須グループディレクターは「炭疽病菌のゲノム配列決定からスタートし、約15年にわたって積み重ねてきた研究の成果。ゲノム解析と生化学を組み合わせることで、新たなブレイクスルーが生まれることを示した好例だ」とコメントしています。

収量減少、枯死などによって食糧難を引き起こすカビ害は、世界的に解決すべき課題です。日本が主導した「膨圧制御の解明」の研究は、現状を改善する鍵となるかもしれません。なお、大根や餅などに生えた「意図せぬカビ」は、目に見える部分を取り除いても菌糸が奥まで入り込んでいたり、熱に強いカビ毒が全体に広まっていたりする可能性があります。迷わずに捨てましょう。

ニューズウィーク日本版 ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月24号(2月17日発売)は「ウクライナ戦争4年 苦境のロシア」特集。帰還兵の暴力、止まらないインフレ。国民は疲弊し、プーチンの足元も揺らぐ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ政権、石炭火力発電所の有害大気汚染物質規制

ワールド

ラガルドECB総裁、任期満了が「基本方針」 WSJ

ビジネス

トランプ緊急関税、最高裁が違法判決なら1750億ド

ワールド

日ロ関係はゼロに低下、平和への対話進行していない=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由...「落葉帰根」派も「落地生根」派も
  • 3
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 4
    中道「大敗北」、最大の原因は「高市ブーム」ではな…
  • 5
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 6
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 7
    ディープフェイクを超えた「AI汚染」の脅威──中国発…
  • 8
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 9
    IMF、日本政府に消費減税を避けるよう要請...「財政…
  • 10
    ウクライナ戦争が180度変えた「軍事戦略」の在り方..…
  • 1
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 2
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 3
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 4
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 5
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 6
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 9
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 10
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story