コラム

ヒトの胎児の脳細胞から「ミニ脳」の作成に成功 最先端の立体臓器「オルガノイド」とは何か?

2024年01月17日(水)16時40分

さらに、研究チームは、脳腫瘍の疾病モデルにこのミニ脳が使えるかどうかも調査しました。遺伝子編集ツールのCRISPR-Cas9を使って、オルガノイド内の少数の細胞でがん抑制遺伝子TP53に遺伝的欠陥を導入すると、3カ月後にTP53 に欠陥のある細胞はオルガノイド内の健康な細胞の数を越えました。これは、遺伝的欠陥を持つ細胞ががん細胞の典型的な特徴である成長上の優位性を獲得したことを意味すると言います。

臓器移植の代替として

オルガノイドのような生体外での立体臓器の作成は、宇宙空間の微小重力の環境下のほうが有利と考えられています。ヒトは臓器が発生する胎児の時に子宮内の羊水中におり、浮力で重力がキャンセルされている状態なので、宇宙空間は地球上よりも子宮内の環境により近いと考えられるからです。

実際に20年12月にはISS(国際宇宙ステーション)の「きぼう」実験棟で野口聡一宇宙飛行士によって、ヒトiPS細胞から作製した肝臓の基(器官原基)を使った宇宙実験が行われました。23年7月にはISS National Lab(ISS国立研究所)から「地球上でヒトiPS細胞から脳細胞を作り、ISSの微小重力下でミニ脳を組み立てる」実験の実施が正式発表されました。

具体的には、地球上でヒトの皮膚細胞から iPS細胞を作り出し、ニューロン・ミクログリア・アストロサイトの3種類の脳細胞に分化させてそれぞれ培養し、これらの培養物をISSに送り、微小重力下で3次元脳スフェロイド(オルガノイドよりも単純な構造を持つ立体臓器の1種)に組み立てられる予定です。

オルガノイドは、患者自身の細胞から作れるので、臓器移植の代替として期待されています。加えて、創薬の臨床試験に動物実験に替わって使われれば、各国の当局は動物のデータよりもヒト組織を用いたデータを望ましいと考える可能性が高く、将来的には医薬品の承認のスピードが改善されるきっかけになるかもしれないとも考えられています。

ただし脳オルガノイドは、将来的に研究がさらに発展すると、意識を持つのではないかという懸念が専門家から指摘されています。

すべての新しい科学技術に共通することですが、倫理面の議論の発展が科学技術の発展スピードに取り残されないようにしなければなりませんね。

ニューズウィーク日本版 中国EVと未来戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年10月14日号(10月7日発売)は「中国EVと未来戦争」特集。バッテリーやセンサーなどEV技術で今や世界をリードする中国が戦争でもアメリカに勝つ日

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

金正恩氏、北朝鮮の国際的地位を強調 党創建記念式典

ワールド

台湾総統、双十節演説で「台湾ドーム」構想発表 防衛

ワールド

印ITサービスTCS、第2四半期は予想上回る増収 

ビジネス

伊フェラーリ、30年売上高目標が予想に届かず 株価
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 5
    50代女性の睡眠時間を奪うのは高校生の子どもの弁当…
  • 6
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 7
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 8
    底知れぬエジプトの「可能性」を日本が引き出す理由─…
  • 9
    いよいよ現実のものになった、AIが人間の雇用を奪う…
  • 10
    米、ガザ戦争などの財政負担が300億ドルを突破──突出…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 10
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story