コラム

世界初、月面「ピンポイント着陸」に成功のJAXA...着陸6日目の成果と知っておきたい「10のトリビア」

2024年01月26日(金)21時05分

2)世界初のピンポイント着陸は、計画の100メートル以内よりも1ケタ良い精度で大成功!

メインエンジンにトラブルがあった高度50メートル付近は、SLIMがホバリング(上空に一時的にとどまり)しながら着陸精度評価と障害物検出を行う地点でもあります。

SLIMは高度50メートルまでは着陸のピンポイント性を追求し、それ以降は大きい岩のある場所を避けるなど着陸の安全性を優先する設計になっています。なので、この地点での着陸精度評価の数値が、ピンポイント着陸の成否の判定に使われます。

今回は、1回目の着陸精度評価で目標点との水平距離が3.4メートル、2回目は10.2メートルとなりました。2回目の評価時点ではメインエンジンの異常がすでに起きており、正常な垂直降下ではなく東方向に移動していたことから、ピンポイント着陸の評価は1回目がより正確で、少なくとも10メートル以内の精度は達成できたと考えられます。

なお、メインエンジンが1つだけになった影響で、SLIMは最終的には目標地点よりも約55メートル東に着陸しました。

3)なぜピンポイント着陸成功の発表は1カ月後の予定から前倒しできたか

日本の月面着陸の成功は世界5カ国目ですが、従来の目標地点から10数キロ~数キロ以内の着陸に対して100メートル以内の精度のピンポイント着陸に成功すれば「世界初」となり、さらに重大な意義を持ちます。JAXAは単なる月面着陸成功ではなく、「『降りやすいところに降りる』から『降りたいところに降りる』着陸へ」を合言葉に開発を進めていました。

JAXAは報道記者に対して、「着陸成功はすぐ分かるが、ピンポイント着陸の結果については1カ月程度かかる」と事前に説明していました。なので、着陸から6日目の25日に記者会見が開かれると発表されると、「ピンポイント着陸の成否が出るにはまだ早いから、太陽電池やSLIMの姿勢に関する発表だ」と想像する者がほとんどでした。

記者会見に臨んだSLIMプロジェクトチームの責任者である宇宙科学研究所の坂井真一郎教授は、「ピンポイント着陸の精度が、当初に想定していた100メートル以内よりも非常に良かったため、場所の特定が容易だった」と説明しました。

ピンポイント着陸の判定は、インドの月探査衛星チャンドラヤーン2号がかつて撮影した画像と、SLIMの航法カメラの画像を比較して行われました。例えるならば100メートル以内の精度であればジグソーパズルで1万ピースから1ピースを探すような作業であるが、実際は100ピースから1ピースを探せばよかったといいます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ドイツ、ウクライナ和平後の派兵巡り論争が激化

ビジネス

ヤゲオ、芝浦電子へのTOB価格を6635円に引き上

ビジネス

英政府借入額、1─7月は予測と一致 政府に課題残る

ビジネス

日経平均は3日続落、短期過熱感への警戒継続 イベン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自然に近い」と開発企業
  • 4
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 5
    夏の終わりに襲い掛かる「8月病」...心理学のプロが…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 10
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story