コラム

赤ちゃんの「もぞもぞ動き」は、将来複雑な運動を習得するための準備であることが明らかに

2023年01月10日(火)11時20分
赤ちゃん

乳児のほうが新生児よりも感覚由来の情報伝達が少なく、運動由来の情報伝達が多いことが分かった(写真はイメージです) kuppa_rock-iStock

<赤ちゃんの感覚と運動の間にどのような情報が流れているのか──定量的な測定の難しさからその関係を科学的に説明するのは困難とされてきたが、東大の研究チームが解明に成功>

生後数カ月の赤ちゃんは、特に目的もなく、手足をもぞもぞと動かすことがあります。

外部からの刺激を受けて行われるわけでも、赤ちゃんが意識的に実施しているわけでもないことから、「自発運動」と呼ばれるこの動きは、将来の発達に重要な役割を果たしているはずだと古くから考えられてきました。

もっとも、これまでは、自発運動にはどんな意味があるのか、動いている最中に赤ちゃんの身体では何が起こっているのかについては、十分な知見は得られていませんでした。

東大大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻の金沢星慶特任助教、國吉康夫教授らの研究グループは、赤ちゃんの関節にモーションセンサーを付けて動きを観測し、筋骨格モデルを併用することで「もぞもぞ動き(自発運動)」を科学的に分析しました。

その結果、ヒトは発達初期の自発運動によって、感覚運動に関する時間的および空間的パターンを獲得し、将来的に全身の高度なコントロールが必要な歩行や、予測的な動きができるように準備していることが分かりました。研究成果は、22年12月27日付の『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』にて公開されました。

成長とともに反射的な運動が減少し、意思に基づく随意運動が増加

「もぞもぞ動き」は、ヒトが最も早く経験する全身の自発的な動きです。これまでも、神経成熟と関連が深いと考えられ、月齢に伴う運動のパターンや協調の発達段階について報告がされてきました。さらに医療現場でも、赤ちゃんの自発運動の観察は、四肢の障がいや脳性麻痺などの早期予測に用いられてきました。

けれど、定量的に測定することの難しさもあって、自発運動中の赤ちゃんの感覚と運動の間にどのような情報が流れているのかについては、科学的に説明をするのは困難でした。

今回、研究チームは、生後1週間未満の新生児12名と生後3カ月の乳児10名に対して、全身12カ所の関節(26の自由度)にモーションセンサーを付けて動きを計測しました。また、関節運動の計測データに筋骨格モデルを組み合わせることで、全身の144本の骨格筋の活動と固有感覚を推定しました。

次に、筋活動と固有感覚の間に生じている情報の流れについては、288×288(=82944)通りについて統計的に処理し、関係性が高いと思われる22個の感覚運動モジュール(複数の筋肉の活動や感覚で構成される機能的グループ)を抽出して、さらに分析しました。

22個のモジュールの情報の流れの密度を算出して、どのようなモジュールペア間で情報伝達が多いか、少ないかを評価すると、乳児グループは新生児グループと比較して、感覚由来の情報伝達が少なく、運動由来の情報伝達が多いことが分かりました。これは、ヒトが成長するにつれて、反射的な運動が減少し、意思に基づく随意運動が増加することを示唆しています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米財務長官、中国副首相とマレーシアで会談へ

ワールド

全米で反トランプ氏デモ、「王はいらない」 数百万人

ビジネス

アングル:中国の飲食店がシンガポールに殺到、海外展

ワールド

焦点:なぜ欧州は年金制度の「ブラックホール」と向き
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みんなそうじゃないの?」 投稿した写真が話題に
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 6
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story