コラム

ノーベル賞2022の自然科学3賞と日本人科学者との関わり

2022年10月11日(火)11時25分
スバンテ・ペーボ博士

マックス・プランク進化人類学研究所で行われた記者会見でのスバンテ・ペーボ博士(10月3日、独ライプチヒ) Lisi Niesner-REUTERS

<日本人科学者は選に漏れたが、なかには日本の科学界と接点を持つ受賞者も>

今年も10月初旬にノーベル賞科学3賞の受賞者が発表されました。

生理学・医学賞は「絶滅した人類のゲノムと人類の進化に関する発見した」功績で独マックス・プランク進化人類学研究所およびOIST(沖縄科学技術大学院大学)に所属するスバンテ・ペーボ博士に、物理学賞は「量子もつれの実験で成果をあげ、量子情報科学分野を開拓した」ことに対して仏パリ・サクレー大のアラン・アスペ博士、米カリフォルニア大バークレー校などに所属したジョン・クラウザー博士、オーストリア・ウィーン大のアントン・ツァイリンガー博士の3氏に、化学賞は「クリックケミストリーと生体直交化学の開発」をたたえて米スタンフォード大のキャロリン・ベルトッツィ博士、デンマーク・コペンハーゲン大のモーテン・メルダル博士、米スクリプス研究所のバリー・シャープレス博士の3氏に与えられました。

ノーベル賞に関するニュースは、日本人が受賞するかどうかに焦点が絞られがちです。「ノーベル賞級」と呼ばれる偉大な研究成果をあげ、受賞が期待される日本人科学者は多数いますが、今年は選に漏れました。

とは言っても、今年の受賞に関して、日本人科学者はまったくの無関係というわけではありません。2022年ノーベル賞の受賞テーマと、関連する日本人科学者を見てみましょう。

旧人類と現生人類のDNAの比較に成功

現生人類(ホモ・サピエンス)はアフリカで誕生し、他の旧人類とは交配することなしに世界中に広がったという「アフリカ起源説」は、古くはチャールズ・ダーウィンが提唱し、進化生物学が人類学に取り入れられてからも定説となっていました。

生理学・医学賞を受賞したペーボ博士は、絶滅した人類(旧人類)の化石からミトコンドリアDNAや核DNAを取り出して遺伝情報を解析する「古ゲノム学」を開拓しました。化石のDNAの多くは、年月のせいでボロボロになっていたり、細菌や発掘者のDNAに汚染されていたりします。ペーボ博士は汚染を排除してDNAを増幅する技術を開発し、旧人類と現生人類のDNAの比較に成功しました。

その結果、現生人類は旧人類のネアンデルタール人とユーラシア大陸で共存し、交配していたことが分かりました。ユーラシア大陸に住む人たちのDNAには、今でも数%、ネアンデルタール人由来の遺伝情報が混在していたからです。さらにペーボ博士は、それまで知られていなかった別の系統の旧人類「デニソワ人」を発見しました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、年内の進展に期待 トランプ氏との会

ワールド

オデーサなどで外国船舶損傷、ロシアが無人機攻撃=ウ

ワールド

プーチン氏、領土交換の可能性示唆 ドンバス全域の確

ビジネス

トヨタ、2026年の世界生産1000万台超を計画 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story