コラム

100年ぶりの新しい細胞分裂様式「非合成分裂」は教科書を書き換えるか?

2022年05月17日(火)11時25分
新しい細胞分裂の様式が発見されたゼブラフィッシュ

ゼブラフィッシュの特殊な細胞分裂は、効率的に細胞の数を増やすため?(表層上皮細胞の全体を観察するために細胞を1つずつ色分けされたゼブラフィッシュの幼生) nature video-YouTube

<ゼブラフィッシュの表層上皮細胞でDNA複製を伴わない細胞分裂が行われるのは、「急いで細胞を増やすためではないか」と台湾・中央研究院の陳振輝博士らの研究グループは予想する。この仮説が広く受け入れられるために必要なのは?>

台湾・中央研究院の陳振輝博士らの研究グループは、小型魚のゼブラフィッシュの表層上皮細胞(SEC)の観察から、DNAを複製しない新しい様式の細胞分裂「非合成分裂」が行われていることが示唆されたと5月5日付の英科学誌「Nature」に発表しました。もし普遍的な現象であれば、生物の教科書が書き換わるほどの大発見です。

生物の条件と細胞分裂の種類

生物とは、そもそも何でしょうか。統一された定義はありませんが、一般的には①自己複製する、②細胞で構成されている、③代謝を行う、の3つの条件が受け入れられています。

「ウイルスは生物なのか?」を考えながら、もう少し詳しく見てみましょう。

①は、自分の遺伝情報を受け継ぐ子孫を自分で生み出せることです。ウイルスは自己複製するので、条件を満たします。

②は、「生物は細胞を持ち、細胞膜で外界との境界が明瞭になっている」という意味です。ウイルスは、遺伝情報である核酸(DNA又はRNA)をタンパク質の殻(カプシド)に包んでいます。外界との境界は明瞭ですが、ウイルスは細胞を持ちません。

③は、自分自身で生命維持活動のための化学反応を行うことです。ウイルスは代謝を行っていません。

②と③の条件を満たしていないので、インフルエンザやCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)でおなじみのウイルスは、この定義に沿うならば生物ではありません。対して、コレラや大腸菌感染症で知られている細菌は、すべての条件を満たしているので生物と言えます。

生物は、細胞に核を持たない「原核生物」と、持つ「真核生物」に大別できます。

原核生物は、細胞が1つだけで構成されています。細胞の中には、特化した機能を果たすために分化した「細胞小器官」と呼ばれる構造をほとんど持ちません。自己複製のための細胞分裂が起きると、1つの個体が2つに増殖します。

真核生物の細胞の中には、遺伝情報の保存と伝達を担う核以外にも、ミトコンドリア、リボソームなどの豊富な細胞小器官が含まれています。細胞分裂では染色体(DNAが折りたたまれた構造)を作り、「有糸分裂(体細胞分裂)」と「減数分裂」を行います。

有糸分裂は、真核生物の「通常の」細胞分裂です。1個の細胞が2個の細胞に分かれます。分裂前に細胞内でDNAの複製が作られて、分裂後の2個の細胞にそれぞれ分配されます。分裂後の細胞は、分裂前と同じ数の染色体を持ちます。

対して、生殖細胞(卵子と精子)では、分裂後の細胞の染色体の数が元の半分になる「減数分裂」が起こります。卵子と精子が結合した受精卵で、染色体の数を元に戻すためです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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