コラム

背中を売ってタトゥーを刻む『皮膚を売った男』の現実性

2021年11月16日(火)11時25分

明治時代になって開国すると、政府は外国人の目を気にして、黥刑を禁止し、装飾目的の入れ墨も厳しく取り締まります。入れ墨が再び合法化するのは、第二次世界大戦後です。とはいえ、非合法時代のイメージは払拭されず、国民の娯楽の中心だった映画では反社会勢力者が入れ墨を誇示する場面が繰り返し映し出されたことから、「入れ墨は忌避すべきもの」というイメージがさらに広まったと言われています。

現代では、「メディカル・アラート・タトゥー」といって、意識を失っている状況でも持病やアレルギーなどの治療に関わる情報を医療従事者に知らせることができるように、脈拍を取るときに発見しやすい手首の内側にタトゥーを入れる人もいます。

アメリカで開発された「1年で消えるタトゥー」

海外セレブや芸能人に影響を受けて、若者がファッションとしてワンポイントのタトゥーを施すケースも増えました。けれど複数のインターネット調査では、日本では入れ墨を入れた人の8割から9割が、就職や結婚のタイミングで「消したい」と後悔するという結果が出ています。実際に、国際美容外科学会が行った調査によると、日本では2016年の1年間で、2万件以上のタトゥー除去手術が行われたそうです。

タトゥーは入れたいけれど、一生の間、身体に残るのは困る──そんな人の希望を叶える1年で消えるタトゥー用のインク「Ephemeral ink」が今春、アメリカで開発されました。

化学者や医師と共同で6年もの歳月をかけて誕生したこのインクのキャッチフレーズは、「a tattoo without regrets(後悔のないタトゥー)」。開発したタトゥースタジオの「Ephemeral Tattoo」は、インクの原料は医療用の生体吸収性ポリマーで、人体の免疫系によって9〜15カ月のあいだに分解され、やがて完全に取り除かれると説明します。

3億3千万人の人口を持つアメリカでは、国民の20%近くの6000万人が、「タトゥーを入れたいと思ったことがあるが、一生消えないことや文化的宗教的な理由、家族の反対などの理由で思いとどまっている」という調査があります。きっかけさえあればタトゥーを積極的に入れそうな大勢の潜在客のおかげか、Ephemeral Tattooはスタジオを開いてからたった4カ月で2000万ドル(22億円超)の資金調達に成功しました。

現在は色は黒のみで、店舗はアメリカの2店舗だけですが、同スタジオは各色を開発して世界進出をしたいと語っています。

1年限定のタトゥーが広まったら、ファッションとして気軽に楽しめるようになるいっぽう、貧困にあえぐ人を食い物にして身体に広告を刻み込むようなビジネスも生まれるかもしれません。新世代のタトゥー技術が「リアル・皮膚を売った男」を量産しないよう、引き続きニュースに注目しましょう。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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