コラム

『鬼滅の刃』でも現実でも「青い彼岸花」が見つからない科学的理由

2021年11月02日(火)11時25分

もっとも、リコリンやガランタミンは水溶性の毒なので、球根を充分に水にさらせば毒が抜けて食用になります。なので、かつて貧しい農村では、飢饉に備える目的でも植えられていました。作中では主人公・炭治郎の回想にも彼岸花は現れるのですが、見たことがあったり、家の近くに植えられていたりしても不思議ではありません。

彼岸花は古くから「球根をすりおろしたものを足の裏に貼ると、むくみが取れる」という民間療法でも使われていました。有毒なのは知られていたので、科学が発達する前は外用薬として限定的な使用でした。現在は毒性をコントロールできるようになり、球根に含まれるリコリンは鎮咳効果のある漢方薬に、ガランタミンはアルツハイマー型認知症治療薬「レミニール®」(一般名:ガランタミン臭化水素酸塩)にと、内服薬としても有効に使われています。彼岸花を無惨に内服させた主治医は、先見の明がありすぎたのかもしれません。

青い彼岸花が見つからない訳

さらに、彼岸花は通常の花よりもカラーバリエーションが定着しにくい、つまり赤以外の色が現れにくいのも、無惨にとっては悲劇でした。

akane211102_kimetsu2.jpg

chie hidaka-iStock

日本の彼岸花は、三倍体という珍しい特徴を持った植物です。

三倍体とは、染色体のセットが3つあることです。生物は通常、染色体は2とか4の偶数のセット持っていて、生殖細胞を作る時に半分のセットになります。オス(雄しべ)とメス(雌しべ)から同量のセットをもらって、子孫を残すための受精卵や種子ができます。

けれど、奇数のセットを持つ彼岸花は、人工的に三倍体にしている種なしすいかのように、種子を作ることができません。つまり、もし突然変異で青色の彼岸花が出現しても、種子で大量に子孫を残したり、風や動物によって種子が運ばれたりすることはできません。人の手で掘り起こして球根を分けない限り、青い彼岸花が増えたり複数の場所に現れたりすることはありえないのです。

実際に、現実の世界でも、青い彼岸花は見つかったことがありません。今後、現れる可能性はあるのでしょうか。

自然界の花の色は白色が33%で最も多く、黄色系が28%、赤色系が20%、青と紫系が17%と続きます。

植物は自分で動けないので、種を作るために昆虫などの助けを借りて花粉を運んでもらう必要があります。そこで目当ての昆虫や鳥に「ここに食べ物の蜜がある」と自分の存在をアピールするために、花の色や香りを使います。

たとえば、ミツバチは紫外線からオレンジ色までを見ることができますが、赤は見えません。ミツバチが最も見やすい色は黄色です。なので、ミツバチに受粉の手助けをしてほしい花は、黄色系でミツバチが蜜を吸いやすい形になっています。いっぽう、赤い花にはアゲハチョウが集まりやすいです。また、白い花を咲かせる植物が多い原因は、白は他の色に比べて多くの昆虫に見えやすいためだと言われています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国共産党機関誌、価格競争の取り締まり呼びかけ

ワールド

米政権の政策、日本の国益損なうものに妥協することな

ビジネス

ユニクロ、6月国内既存店売上高は前年比6.4%増 

ワールド

フォルドゥの核施設、米空爆で「深刻な被害」=イラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 8
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story