コラム

光の98.1%を反射する「世界一真っ白な塗料」が温暖化から地球を救う?

2021年10月06日(水)17時15分

もっとも、研究チームはギネス記録を狙うために「超白色塗料」の開発を続けているのではありません。パデュー大学はプレスリリースで、「この研究で地球温暖化を抑制することが目標だ」と明言しています。

「世界一真っ白な塗料」を建物の屋根や外壁に塗ると、周囲に比べて温度が上がりにくくなる効果があります。もっとも、この塗料によって反射された光は消えてなくなるわけではないので、周囲の気温を余分に上げる可能性があります。つまり、夏ならば、建物の中は塗料を使わない場合よりも涼しくなるけれど、戸外は余計に暑くなる事態が起きかねないということです。

では、どうやって「世界一真っ白な塗料」で地球温暖化を抑制するのでしょうか。エアコン使用が鍵を握っています。

夏に、塗料のおかげで従来よりも室内の温度が低く保たれると、エアコンの使用率の低下や快適温度を維持する電力の削減が可能です。要するに、エアコンの省エネが期待できるので、温室効果ガスであるCO2の排出量を下げることができるというわけです。

「冬は、室内がさらに寒くなる」とか「夏でも、塗った面が砂ぼこりなどで汚れたら効果が激減する」などの問題点も指摘されていますが、「世界一真っ白な塗料」は商品化が進められています。

宇宙物理学を発展させる「世界一真っ黒な塗料」

ところで、「世界一真っ白な塗料」を知れば、「世界一真っ黒な塗料」も気になるはずです。

2019年、米マサチューセッツ工科大学のブライアン・ウォードル教授、上海交通大学の崔可航准教授らの研究チームは、99.995%の光を吸収する黒色の物質を偶然に発見しました。カーボンナノチューブ(炭素のみでできた、直径がナノメートルサイズの円筒状の物質)の実験をしているときに、アルミホイルの上に「電気的特性や熱的特性が著しく高く、しかも真っ黒な物質」が思いがけずにできたのです。

真っ黒な塗料をイエローダイヤモンドに塗ると... Roberto Capanna via Amaze Lab-YouTube


この「世界一真っ黒な塗料」は、宇宙望遠鏡の性能を向上させると期待されています。宇宙望遠鏡は、地球の衛星軌道上などに設置するので莫大な打ち上げ費用がかかりますが、地球大気の影響を受けずに天体観測ができるため、現代の宇宙物理学には不可欠な装置です。

もっとも、望遠鏡や顕微鏡などの光学機器では、鏡筒内部で不必要な光の散乱が必ず発生します。これを「迷光」と呼び、不正確な観測や誤差の原因になります。そこで、鏡筒内部に「世界一真っ黒な物質」を塗れば、光の散乱が極限まで押さえられて観測精度が増し、宇宙物理学の発展に貢献すると考えられています。

ギネス記録は、数値を見た人々に「すごい」「今まで知らなった」と驚きを与えます。「世界一真っ白な塗料」と「世界一真っ黒な塗料」はギネス記録を狙った研究ではありません。けれど、世界一だからこそ、背後のストーリーや研究の社会への活用法が注目されて、一般の人に科学を身近に感じさせることができたのです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

EXCLUSIVE-SMBC、イエス銀行への出資比

ビジネス

アングル:米地銀株安が日本に波及、利益確定の口実か

ワールド

中国開催の「台湾光復」記念行事、台湾が当局者の出席

ワールド

焦点:英首相、対中関係改善に弱腰批判 スパイ起訴断
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story