コラム

トランプに熱狂する白人労働階級「ヒルビリー」の真実

2016年11月04日(金)17時00分

「アメリカ人の中で、労働者階級の白人ほど悲観的なグループはない」とヴァンスは言う。黒人、ヒスパニック、大卒の白人、すべてのグループにおいて、過半数が「自分の子供は自分より経済的に成功する」と次世代に期待している。ところが、労働者階級の白人ではその割合は44%しかない。「親の世代より経済的に成功していない」と答えた割合が42%だから、将来への悲観も理解できる。

 悲観的なヒルビリーたちは、高等教育を得たエリートに敵意と懐疑心を持っている。ヴァンスの父親は、イェール大学ロースクールへの合格を知らせると、「(願書で)黒人かリベラルのふりをしたのか?」と尋ねた。ヒルビリーにとって、リベラルの民主党が「ディバーシティ(多様性)」という言葉で守り、優遇するのは、黒人や移民だけ。知識人は自分たちを「白いゴミ」と呼んでバカにする鼻持ちならない気取り屋で、例え自分たちが受けている福祉を守ってくれていたとしても、その事実を受け入れるつもりも、支持するつもりもない。

 彼らは「職さえあれば、ほかの状況も向上する。仕事がないのが悪い」という言い訳をする。

 そんなヒルビリーに、声とプライドを与えたのがドナルド・トランプだ。

【参考記事】<対談(後編):冷泉彰彦×渡辺由佳里>トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来

 トランプの集会に行くと、アジア系の私が恐怖心を覚えるほど白人ばかりだ。だが、列に並んでいると、意外なことに気づく。

 みな、楽しそうなのだ。

 トランプのTシャツ、帽子、バッジやスカーフを身に着けて、おしゃべりをしながら待つ支持者の列は、ロックコンサートやスポーツ観戦の列によく似ている。

 彼らは、「トランプのおかげで、初めて政治に興味を抱いた」という人たちだ。「これまで自分たちだけが損をしているような気がしていたし、アメリカ社会にモヤモヤした不満を抱いてきたけれど、それをうまく言葉にできなかった」という感覚を共有している。

「政治家の言うことは難しすぎてわからない」「プロの政治家は、難しい言葉を使って自分たちを騙している」「ばかにしているのではないか?」......。そんなモヤモヤした気持ちを抱いているときに、トランプがあらわれて、自分たちにわかる言葉でアメリカの問題を説明してくれた。そして、「悪いのは君たちではない。イスラム教徒、移民、黒人がアメリカを悪くしている。彼らをひいきして、本当のアメリカ人をないがしろにし、不正なシステムを作ったプロの政治家やメディアが悪い」と、堂々と「真実」を語ってくれたのだ。

 トランプの「言いたいことを隠さずに語る」ラリーに参加した人々は、大音響のロックコンサートを周囲の観客とシェアするときのような昂揚感を覚える。ここで同じ趣味を持つ仲間もできる。しかも、このロックコンサートは無料だ。

「トランプの支持者は暴力的」というイメージがあるが、それは外部の人間に向けての攻撃性であり、仲間同士ではとてもフレンドリーだ。

 この雰囲気は、スポーツ観戦とも似ている。特に「チームびいき」の心境が。レッドソックスのファンは、自分のチームをとことん愛し、ニューヨークヤンキースとそのファンに強い敵意を抱く。この感情に理屈はない。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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