コラム

ベテラン特派員が綴る中東を混迷に陥れたアメリカの罪

2016年03月14日(月)16時00分

中東が現在の混迷にいたる道筋のうえでアメリカが果たした役割は大きい Khalil Ashawi-REUTERS

 ISISをはじめ、イスラム過激派テロリストのニュースをほぼ毎日のように目にする。そして、ソーシャルメディアには、にわかリポーターや評論家が溢れている。だが、歴史的背景を踏まえた上で現状を理解できている人はほぼ皆無ではないだろうか。私自身、1990年にエジプトを旅行した頃から2001年9月11日の同時テロ、イラク戦争、と継続的にニュースを追っているが、いまだにほとんど理解できていない。

 中東問題は今始まったことではないし、刻々と変化する。現地に住んでいる人や、取材をしている記者にも見えにくい程、複雑なものだ。

 イスラム教、キリスト教、ユダヤ教が崇拝するのは(異論はあるものの)基本的には同じ神だ。しかし、キリスト教による十字軍遠征、オスマン帝国による東欧から地中海の沿岸各国の征服、イスラム諸国でのユダヤ教徒の度重なる大虐殺、イスラエル建国後のアラブ諸国対イスラエルの中東戦争など、同じ神を信じているはずの3つの宗教は、長い歴史のあいだ、絶え間なく争いを続けてきた。

 中東の歴史をたどれば、はっきりした犯人と犠牲者はいないし、純粋潔白な宗教や民族もない。イスラム教徒の間でも血みどろの戦いを続けてきたのだから。しかし、国際問題では「~が悪い」という単純な犯人探しを好む人が多い。特に日本では、アメリカを悪者として語る人が、非常に多い。

 だが、本当にそんなに単純なことなのだろうか?

 アメリカが「何も手を出さない」という選択をしていたら、中東に平和が訪れたのだろうか?

 過去20年中東に住み、そこを第二の故郷として愛するアメリカ人記者が、外部の私たちにはとうてい理解できない複雑な過去と現状を、わかりやすく解説しているのが、『And Then All Hell Broke Loose: Two Decades in the Middle East (English Edition)』だ。

 リチャード・エンゲルは、スタンフォード大学を卒業した1996年にエジプトに渡ってアラビア語を学び、そのまま中東に残って記者になったという珍しい経歴のアメリカ人だ。当時は、フリーランスとして生計を立てるのがやっとだったが、イラク戦争が危険な状況になったときに現地に残った数少ない記者の1人として一躍アメリカで名前が知られるようになった。その業績が評価されてMSNBCの特派員として正式に中東を拠点にするようになり、反政府運動が政権を打倒したチュニジア、エジプト、リビア......といった「アラブの春」では、流暢なアラビア語を駆使して危険な現場まで潜り込み、シリアでは武装勢力に誘拐されたという壮絶な体験もしている。

 エンゲルが説明する中東の近代史は、実にわかりやすい。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国で「南京大虐殺」の追悼式典、習主席は出席せず

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ氏かハセット

ビジネス

アングル:トランプ関税が生んだ新潮流、中国企業がベ

ワールド

アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 9
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story