コラム

人々はレガシーシステムからの「分散ドロップアウト」を望んでいる

2021年08月24日(火)18時20分

拡大する不平等と経済的個人主義

しかし、このドロップアウトを議論するには、その原動力となっている「拡大する不平等」を直視しなければならない。それは、文字通り、人々のために働かなくなったレガシーシステムに対する不満だからだ。

今日のバイラルな社会運動は、抑圧的なレガシーシステムに対する報復であり、明らかに、ミーム、ハッシュタグ、NFT(非代替トークン)などは反撃のツールとなっている。

そして最も注目すべきことは、これが単なる「権力」の戦いではなく、経済的な生活のための戦いであるということだ。ギグ・エコノミー、クリエーター・エコノミーは、すべて「経済的個人主義」を象徴している。

終わりなき成長に基づく資本主義への絶え間ない叫びは、ますます現実を直視するようになっている。これは、生活者によるミニマリズムのようなもので、人々はお金や社会的価値を再定義し、最終的には自分の消費習慣を強く意識するようになっている。

この数年、Z世代の間では、資本主義への憤りが着実に高まっている。人々は、成長と利益の最大化が地球環境や労働、疎外されたグループに与える有害な影響を目の当たりにし、代替案を求めているからだ。

英国のスタイル雑誌"Dazed"が行った若者の調査によると、Z世代のうちソーシャルメディアに留まりたいと考えているのはわずか9%だった。現実の生活をデジタルで代替することへの疲労感は、ZOOMに疲れた在宅ワーカーたちだけでなく、もっと広い範囲に及んでいる。

さらに、この1年の間で、多すぎるメディア情報を消化しきれず、成長に焦点を当てた経済システムでは対応できない危機が迫ってきたことで、人々は再考を重ねている。伝統的な消費者の死は当分起こらないにしても、リユースやバイ・バック(買い戻し)のスキーム、再販プラットフォーム、ミニマリストのライフスタイルの台頭は、「どうすればもっと、心を込めて消費できるのか」という問題をさらに強調することになるだろう。

マインドフルネスな現実とは?

私たちは倫理的な消費主義についても、奇妙な手詰まり感を感じている。私たちは自分たちの破壊的習慣を意識しているが、それでも次々とユニークなアイテムを発見し、モノを必要以上に購入することを諦めていない。

マインドフルネスな消費主義がどこに向かうかもわからない。なぜなら、その反対側には何があるのか?選択の余地のない、犠牲的な反消費主義なのだろうか?それを私たちが望んでいるとは思えない。

マインドフルネスとは、自分がどこにいて何をしているのかを認識し、自分たちの周りで起こっていることに過度に圧倒されたりしない、現実に存在する基本的な人間の能力である。VRやメタバースがゲーム世界を超えて日常に浸透しない理由も、それらが現実の重力を包含するマインドフルネスではないからだ。

ドイツの社会哲学者ユルゲン・ハーバーマス(1929~)は、人々の生活世界(価値観、信念、夢、神話)がシステム(政治、官僚主義、経済制度)によって植民地化されていると指摘した。すでに過度に中央集権化されたシステムから、個の経済や自律分散化によって生活世界を取り戻し、世界を意図的に再構築するのが暗号コミュニティの可能性である。

メタバースは、混沌とした世界を滑らかにし、合理化するデジタルツインとしては役立つだろう。ブロックチェーンやDAO(分散型自律組織)に代表される暗号技術が真に革命的なのは、デジタル世界を誇大妄想的ではなく、人間の尺度に合わせてフォーマットする役割なのである。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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