コラム

ウクライナ戦争:接続性が紛争を招く理由

2022年04月07日(木)10時48分

2022年2月24日、ドイツ・ベルリンで行われた連帯抗議デモで、ウクライナ国旗の色にライトアップされたブランデンブルク門。CC0 1.0

<私たちの文明を前進させ、人々をひとつにまとめてきた国際主義やグローバリゼーション、接続性が、どうして人々を分裂させ、暴力や不安を生み出すのか。その転換のメカニズムは何なのか?>

戦争と直結している世界

ロシアのウクライナ侵攻から1ヶ月が過ぎ、ヨーロッパでは第二次世界大戦以来、最大の人道的危機が生じている。すでに何千人もの命が失われ、近隣諸国に避難している人々の数は300万人に上る。ウクライナ国内でも同様の人数が避難生活を送っており、この残酷な戦争の結末を想像すれば、さらなる衝撃が待ち受けている。

世界各地の軍事情勢、政治がどうなるかは不透明だ。しかし、この戦争がエネルギーや食糧市場に与える経済的影響は、欧州だけでなく、その他の地域の多くの人々に波及することは確実である。

私たちは世界中の紛争から、紛争地域に隣接する、あるいは遠く離れた地域の生活も危険にさらされる可能性があることを学んでいる。このようなリスクは、高度に結びついた世界における「コネクティビティ(接続性)」をめぐる必然的な連鎖のために生じているのだ。

接続性の連鎖のリスクとは、エネルギー政策、食料安全保障、天然資源やレアメタル、サプライチェーン、金融システムへの影響、軍事防衛費の増大、そしてサイバーセキュリティの強化など、戦争の影響は世界規模で広がっている。天然ガス、石油、農産物、鉱物・金属の価格がどの程度まで上昇するかによって、世界の人々の生活への影響が決まるのだ。

グローバリズムと接続性

2017年、ダボスで開催された世界経済フォーラムで、オックスフォード大学のイアン・ゴールディン教授(グローバリゼーション論)は、新資本主義をめざす参加者を前に、資本主義の潤滑油である接続性について熱弁をふるった。「グローバリゼーションの持続可能性、接続性の持続可能性に向けて、人々を悩ませる難問への対処を確実にするための選択が必要なのです」と。

この講演から5年も経たないうちに、プーチン率いるロシアは、ウクライナへの全面的な侵攻に乗り出した。21世紀の世界では、グローバリゼーションの触手が地球上のあらゆる場所に伸びており、それによってシームレスな接続性だけでなく、相互依存の密接な連鎖が生み出されてきた。

不和の時代

欧州連合とは、かつての敵同士が、経済的、法的、そして最終的には、政治的な相互依存を通じて友好国となり得るという考えに基づいて築かれたものである。ウクライナ戦争は、外から見ると20世紀型の軍事介入のように見える。しかし、この紛争は鉄のカーテンの向こう側だけで展開されているのではない。戦闘機や戦車、ミサイルだけでなく、経済制裁、サプライチェーン、資金の流れ、人、情報、ミームやフェイクニュースなど、互いに結びついた膨大な数の「群衆」が関与しているのだ。

このハイパー接続性が、安定した平和を不可能にしている。2021年6月に出版された『不和の時代:接続性はいかにして紛争を引き起こすか(The Age of Unpeace:How Connectivity Causes Conflict)』という説得力のある本の中で、マーク・レナードが論じているように、またプーチンが最も執念深い方法で示したように、まさにこの「つながり」が国を引き裂く危険性をはらんでいるのだ。ある国の将来性が他国の動きや行動に釘付けになればなるほど、危険な「断絶」の可能性が高まるのである。

takemura20220407_3.jpg


『不和の時代:接続性はいかにして紛争を引き起こすか(The Age of Unpeace:How Connectivity Causes Conflict)』(2021年6月)


ロシアのウクライナ侵攻は、過去20年間をNATO加盟国で過ごした幸運な人々に、陸上戦と核危機が20世紀に置き去りにされたわけではないことを思い起こさせている。

マーク・レナードの格言

マーク・レナードは、欧州の外交政策、グローバル化した経済におけるオピニオンリーダーであり、地政学的なトレンドを総合して、『なぜヨーロッパが21世紀を動かすのか』(2005年)や『中国は何を考えているのか』(2008)といった世界的ベストセラーを著してきた。

takemura20220407_33.jpg


マーク・レナード。汎欧州初のシンクタンクである欧州外交問題評議会の共同設立者であり、ディレクターを務める。地政学・地球経済学、中国、EUの政治・制度などを専門分野とする。(C)ecfr.eu


欧州外交評議会(European Council on Foreign Relations)の共同設立者であり、同評議会は欧州大陸に7つの支部を持つ初の「汎欧州シンクタンク」となった。彼は、1990年代には党派を超えたコンサルタント会社デモスに勤務し、"Cool Britannia "の源流であり、新生英国のブランディングに寄与したBritain™レポートを作成したことでも知られている。

今日のグローバル化した世界の地政学は、パートナー同士が互いに我慢できないが、離婚することもできない、愛のない結婚と同じだとレナードは指摘する。そして、崩壊しつつある結婚と同様に、かつて良い時代に共有されたものが、悪い時代に害を与える手段になっているのだ。私たちは、世界をつなげば恒久的な平和が訪れると考えていた。しかし、それはかえって私たちを引き離すことになった。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中立金利は推計に幅、政策金利の到達点に「若干の不確

ワールド

米下院補選で共和との差縮小、中間選挙へ勢いづく民主

ビジネス

米ロッキード、アラバマ州に極超音速兵器施設を新設

ワールド

中国経済は苦戦、「領土拡大」より国民生活に注力すべ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story