最新記事

ロシア

プーチンはシリアのISISを掃討するか──国内に過激派を抱えるジレンマ

2017年3月8日(水)15時30分
ラヒーム・ラヒモフ(米ジェームズタウン財団「ユーラシア・デイリー・モニター」政治アナリスト)

ISISが支配領域や戦力を失い続ければ、ロシアが戦闘員の流出という外的な力で国内の治安問題を解消するのが困難になる。ISISが弱体化したからといって、必ずしもチェチェン国内の過激派や戦闘員の勧誘がなくなるわけではない。恐らく地下組織は若者への働きかけを続けるだろう。それにより、今後ロシアには2通りのシナリオが考えられる。

1つは、シリアで経験を積んだ戦闘員が帰国してチェチェンの武装勢力と結託し、ロシアの治安上の脅威が増大するシナリオだ。ただしロシアはすでに予防措置となる法律を制定したから、可能性は低そうだ。

プーチンは2015年4月にISISはロシアの直接的な脅威ではないと述べたものの、ロシア政府はロシアからISISに参加した戦闘員が大挙して帰国する事態を懸念していた。そのため早くも2013年10月には刑法を改正し、国外のテロ活動への参加を厳罰化。戦闘員の帰国を事前に阻止した。さらに抜け穴を塞ぐため、2016年にテロ厳罰化法とテロ対策強化法を合わせた「ヤロバヤ法」と呼ばれる法律を制定し、裏から帰国するルートも塞いだ。

シリアでISの戦い続くほうが好都合

2つ目のシナリオは、チェチェンで過激化する若者が増え続けることで、国内の過激派が更に勢いづくことだ。実際にチェチェンでは、2016年に過激派による銃撃や被害者が急増する一方で、シリアの過激派組織に加わる戦闘
員が激減したのは、それが現実に起きているのを示す兆候だ。チェチェンとロシアの当局が今年1月に対テロ作戦を実施したのも、過激派の更なる台頭を阻止すべく先手を打つためだった。

「地下組織は自分たちが信じる偏狭な思想のために死ぬ覚悟がある若者を説き伏せ、多数勧誘してきた」とカディロフ首長は言う。つい最近まで、そうした若者はシリアやイラクに拠点を置くISISに取り込まれていた。だが今やISISは相当な支配地域を失い、戦況も劣勢で、首都と称するイラク北部のモスルではイラク軍などによる奪還作戦が進む。あらゆる状況が、ISISの終焉を予感させる。支配地域をなくせば、ISISはチェチェンの若者を魅了し戦闘員を確保する能力を失う。ロシア国内の戦闘員の卵は、ISISに参加を目指して渡航する希望をなくし、意欲も萎むだろう。

その結果ロシア国内で過激化する若者が増えてチェチェンの過激派が増大するなら、ロシアにとってまさに悪夢のシナリオだ。むしろシリアや周辺地域でISISの戦闘が続くいたほうが、ロシアは自国の領土から過激化した若者を排除でき、最悪のシナリオを回避できる。

果たしてそんな国内事情を抱えるロシアが、シリアやイラクなど国境を越えて本気でISISと戦うつもりかどうか、予断を許さない。

This article first appeared on the Russia file, a blog of the Kennan Institute.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、金利据え置き インフレ巡る「進展の欠如」指

ビジネス

NY外為市場=ドル一時153円台に急落、介入観測が

ビジネス

〔情報BOX〕パウエル米FRB議長の会見要旨

ワールド

イスラエル軍、ガザ攻撃「力強く継続」 北部で準備=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 9

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中