最新記事

米大統領選

戦没者遺族に「手を出した」トランプは、アメリカ政治の崩壊を招く

2016年8月2日(火)21時21分
マシュー・クーパー

Mike Segar-REUTERS

<トランプが戦没者遺族の両親をまともに批判し、再反論までしたことは、アメリカでこれまでにもますセンセーションになっている。いずれにしろトランプが、問題をアメリカ政治の規範にも関わる大きなものにしてしまったことは間違いない> (写真は、民主党全国大会でトランプに合衆国憲法の冊子を見せる仕草をしたカーン)

 現代において、大統領候補あるいは現職の大統領が一般市民を侮辱することはまずありえない。イラク戦争で息子を亡くした遺族に対して、ドナルド・トランプが不適切で自己破壊的な侮辱を向けたことが極めて異様に見える理由のひとつはそこにある。

 パキスタン系アメリカ人でイスラム教徒の弁護士キズル・カーンは7月28日、傍らに妻ガザーラをともなって、フィラデルフィアで開かれた民主党全国大会に出席し、トランプは憲法を読んだことがあるのだろうかと問いかけた。それ以来、トランプが掘る墓穴は深まる一方だ。

【参考記事】戦死したイスラム系米兵の両親が、トランプに突きつけた「アメリカの本質」

 カーンは、アメリカ軍の一員としてイラクに赴任していた息子フマユンを2004年に亡くした。トランプはそんなカーンを非難し、カーンには憲法をめぐって自分を批判する権利はないと述べた。だが合衆国憲法では、言論の自由が保証されている。はからずも、憲法を知らないことを露呈してしまったのだ。国のために息子を失ったカーン夫妻の犠牲に対し、トランプも不動産王になる過程で多くの犠牲を支払った、と反論したが、「それは犠牲ではなく成功だ。そんな区別もつかないのか」と、出演していたテレビ番組のホストに斬り込まれる始末。

 またトランプは、カーンの妻は話すことを許されていないのではないか、とも述べた。これは、イスラム教徒のカーン夫妻に対する明らかな侮辱だ。

 それ以来、トランプを公然と非難する人のなかに共和党の政治家たちも加わるようになった。その筆頭が、共和党の元大統領候補でベトナム戦争捕虜になった経験を持つジョン・マケイン上院議員だ(だが、カーンに対する一連の発言を受けて、大統領候補としてのトランプ支持を撤回した人は1人もいない。それはマケインも同じだ)。

【参考記事】この週末にトランプ陣営が抱え込んだ5つのトラブル

 今回のトランプのように一般市民を侮辱した例は他にほとんど思い当たらない。2005年に、カーン夫妻と同じように息子をイラク戦争で亡くした母親シンディ・シーハンが、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領の私邸前で反戦運動を行ったことがある。ブッシュは、彼女の悲しみに強い同情を示しながらも、自身の戦時政策を固持し、確固たる態度で反戦をはねのけた。

 だがその一方で、アメリカ政治の規範内に留まることには心を砕いた。「シーハン夫人には同情する......彼女には、自身の信念を発言するあらゆる権利がある。それがアメリカだ。彼女には自身の見解をもつ権利がある」

 大統領や大統領候補というものは通常、一般市民を批判しないものだ。一般市民には自分の意見を言う権利がある、というより意見を言う権利しかない。それに対して権力側がムキになって反論するのは何ともみっともない。

ジェーン・フォンダは批判していい

 例外はある。1972年に女優のジェーン・フォンダが北ベトナムを訪問し、アメリカの戦闘機に狙いを定める対空火器によじ登るという悪名高い行動に出た時に、リチャード・ニクソンは非難した。しかし彼女は一般人ではなく、高く評価される女優だった。そもそも彼女がハノイの共産主義政府から招待されたのも、彼女が有名人で、実にアメリカ的な一族の出身で宣伝効果があったからにほかならない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

為替、従来より物価に影響しやすいリスクを意識=植田

ビジネス

テスラ、独工場操業を1日停止 地元は工場拡張に反対

ワールド

イランとの核問題協議、IAEA事務局長が早期合意に

ワールド

インド総選挙、3回目の投票実施 モディ首相の出身地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中