最新記事

イギリス

帰ってきた保守党の危険な駆け引き

水と油の連立相手・自民党に新首相キャメロンがどんな譲歩を約束したのかによって、保守党の分裂も招きかねない

2010年5月12日(水)18時10分
ウィリアム・アンダーヒル

多難な前途 43歳のキャメロンを、財政危機や複雑な政権運営が待ち受ける(5月11日) Cathal McNaughton-Reuters

 終わりは突然にやってきた。5月6日に行われたイギリス総選挙で、与党・労働党は大敗を喫し、議会第1党の座を保守党に明け渡した。それでも、「終焉のとき」が訪れるわずか数時間前まで、第3党の自由民主党との連立によって、労働党はなんとか政権を維持するのではないかとの憶測が支配的だった。

 だが5月11日夜、イギリスは突如として、まったく別の未来に進むことになった。労働党のゴードン・ブラウン首相が辞任の意向を表明し、保守党と自民党による連立政権が発足したのだ。

 イギリスで連立政権が樹立されるのは約70年ぶり。ダウニング街10番地の新たな住人となるのは、保守党党首のデービッド・キャメロンだ。43歳の彼は、1812年以来の最年少で首相に就任した。

 今のイギリスの舵とりは、キャメロンよりずっと経験豊富な政治家にとっても難題だろう。バッキンガム宮殿でエリザベス女王に接見した後、首相官邸前でキャメロン本人が認めたように、イギリスは今「深刻で緊急の課題」をかかえている。戦後最大の経済危機に直面し、巨額の財政赤字のGDP比はギリシャ並みに悪化している。

右の保守党と左の自民党

 さらにキャメロンには、経済対策に匹敵する重要な任務がある。事態の緊急性と権力に目がくらんで、連立相手に浅はかな譲歩をしたわけではないと保守党支持層を納得させることだ。保守党が13年ぶりの与党への返り咲きに興奮しているように、自民党は100年近い党の歴史上初めて真の影響力を手に入れたことに歓喜しているのだから。

 連立政権を率いるキャメロンは、安定した政権基盤がない状態、つまり保守党単独では下院定数の過半数議席に達しない状態で政権を運営することになる。今のところ、自民党との連立協議で彼がどのような譲歩をしたのかは明らかでないが、中道右派の保守党と中道左派の自民党の連立政権が不安定なものになるのは確実だ。

 世論調査でも、自民党支持者の圧倒的多数が保守党ではなく労働党との連立を望んでいた。わずか2日前にも、自民党のベテラン議員が記者会見で、長年敵対してきた保守党との連立の可能性に抵抗感を示したばかりだ。

 実際、両政党の政策には非常に大きな溝がある。例えば、EU(欧州連合)の権限強化に反対する保守党に対して、自民党はEU寄りの立場を取る。保守党は歳出削減による財政再建を掲げるが、自民党は反対している。

 とりわけ重要な食い違いは選挙制度改革にある。自民党は、有権者の意思をより正確に反映するよう選挙制度の抜本的改正を求めている。先日の総選挙で、自民党は総投票数の23%の票を獲得しながら、9%相当の議席しか得られなかった。保守党や労働党など大政党に有利な現在の小選挙区制を中選挙区制に変更するのが目標だ。

保守党内に反キャメロンの機運

 しかもキャメロンには、保守党の全面的な支持すら当てにできない事情もある。この4年間、彼は党のイメージ刷新を進め、過去にすがる復古主義者か際限なき資本主義の頑なな信奉者という党のイメージを塗り替えてきた。

 だが、今回当選した保守党議員ら(半数以上は新人だ)は、保守党の王道であるサッチャー路線から乖離するキャメロン流に疑念をいだいている。頑固な保守主義者の間には、「キャメロン前」の保守党路線を死守していればもっと多くの議席を獲得できたかもしれないという思いもある。

 保守党議員は、連立の代償として重要閣僚ポストを自民党に明け渡すことにも不満を募らせるだろう。さらに、自民党の主張を取り入れた新選挙制度に関する国民投票を、キャメロンが容認していることに苛立つ人も多いだろう。

 自民党は選挙で意外に伸び悩み、支持者を失望させた。だがキャメロンが自民党への譲歩を続ければ、自民党こそ真の勝者に見えるという危険な状態に陥りかねない。
 

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM非製造業総合指数、4月は49.4 1年4カ

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想下回る 賃金伸び鈍化

ワールド

欧州委、中国EV3社に情報提供不十分と警告 反補助

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中