最新記事

言語学

「年金がお入りになります」丁寧すぎる日本語をどこまで許容できるか?

2022年12月27日(火)10時08分
平野卿子(ドイツ語翻訳家)
お辞儀

violet-blue-iStock

<言葉は生きているため、変わっていく。いくら間違いだと思っても、使う人が増えれば「正しい」ことになる。ちまたに溢れる現代の過剰な敬語も定着するのか?>

もう15年以上前のことだ。新宿のデパートで2つのバッグを見比べているわたしに若い女性店員が言った。

「お客様、こちらのバッグには携帯用のポケットがついていらっしゃいます」

バッグにポケットがついていらっしゃる......? デパートの馬鹿丁寧なことば遣いには慣れていたはずのわたしも、このときは絶句した。

どうやらこのようなことば遣いはひろがっているようだ。カフェでお茶を飲んでいたとき、「あと200円プラスでデザートがおつきになりますが、いかがいたしますか」と店の人が客に聞いていたこともあった。

つい先日、「お客様は、来月年金がお入りになります」と保険会社の人から告げられるというように、近年、敬語や丁寧語の増殖は止まることがない。

もっとも敬語にはもともと「敬意逓減(ていげん)の法則」といわれるものがある。これは本来そのことばにこめられていた敬意が長い間にはすり減っていくことを指す。

たとえば「お前」は目上の人を敬って呼ぶ語だったが、いまでは同等、あるいは目下に対して使われるようになった。その結果、それまでの敬語ではじゅうぶんではないような気がして、もっと丁寧な言い方をするようになるのである。

それを考えると現代の過剰敬語も自然な流れと言えるのかもしれない。

その最たるものが「させていただく」だろう。昔なら「お送りします」「お送りいたします」だったのが、いまや「お送りさせていただきます」がふつうになっている。

テレビを見れば、「当店のソースには牡蠣を使わせていただいております」というグルメ番組、サッカーW杯では「めっちゃハラハラさせていただきました」と、にこにこしているゲストがいる。

多くの敬語的な表現の中で「させていただく」が群を抜いて多く使われるようになったのは、便利だからであろう。自分の行為である「する」を「いたします」、「行く」を「参ります」など使い分けるのはやっかいだが、「させていただく」はどんなときにも使えるからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英国の対イスラエル武器輸出許可額、ガザ戦争開始後に

ビジネス

米シスコ、台湾にサイバーセキュリティセンター設立へ

ワールド

ウクライナ和平案協議の平和サミット、ほとんど成果な

ビジネス

米ゲームストップ店舗網縮小へ、CEOが方針 株価下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:サウジの矜持
特集:サウジの矜持
2024年6月25日号(6/18発売)

脱石油を目指す中東の雄サウジアラビア。米中ロを手玉に取る王国が描く「次の世界」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は「爆発と強さ」に要警戒

  • 2

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 3

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆発...死者60人以上の攻撃「映像」ウクライナ公開

  • 4

    800年の眠りから覚めた火山噴火のすさまじい映像──ア…

  • 5

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 6

    中国「浮かぶ原子炉」が南シナ海で波紋を呼ぶ...中国…

  • 7

    えぐれた滑走路に見る、ロシア空軍基地の被害規模...…

  • 8

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 9

    水上スキーに巨大サメが繰り返し「体当たり」の恐怖…

  • 10

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 5

    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…

  • 6

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 7

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 8

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 9

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 10

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 8

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 9

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 10

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中