最新記事

映画

あらゆる要素を詰め込んだ『ザ・バットマン』、繊細で陰鬱なヒーローの青春物語

The Endless End-full

2022年3月17日(木)17時24分
デーナ・スティーブンズ
『THE BATMAN─ ザ・バットマン─』

子供の頃から心に傷を抱えてきたブルースとキャットウーマン(左)に絆が生まれる PHOTO BY JONATHAN OLLEY FOR WARNER BROS.-SLATE

<哀愁漂うミステリアスなハムレット風ヒーローが傷つきながら戦う(やや長い)3時間の物語は、これまでの作品とどう違う?>

『THE BATMAN─ザ・バットマン─』はタイトルの「ザ」が物語るとおり、バットマンらしい過剰主義が詰め込まれた3時間だ。

物語の舞台は、ブルース・ウェインがバットマンとして犯罪と戦うことを決意してから2年目。もっとも、原点回帰というより青春物語と呼ぶほうがふさわしいだろう。ロバート・パティンソン演じるブルースは、私たちがよく知っているコウモリ男より若くて傷つきやすい。

とんがり耳のフェイスマスクは、世間から自分を守るためでもあるようで、自宅でさえほとんど外さない。その陰気な屋敷には、ブルースが唯一信頼する執事のアルフレッドがいる(モーションアクターの名手アンディ・サーキスの話し方が、クリストファー・ノーラン監督の「ダークナイト」3部作で同役を演じたマイケル・ケインに聞こえるときもある)。

ゴッサム・シティの大物政治家が殺害されて、ブルースは刑事のジェームズ・ゴードン(ジェフリー・ライト)と共に、現場に残された謎のメッセージを解読する。

狂信的な知能犯のリドラー(ポール・ダノ)は、執拗に市政の腐敗を暴く。ブルースの今は亡き最愛の父が関与していた隠蔽工作も明らかになって、幼い頃に両親が殺されたトラウマがよみがえる。

効果的なニルヴァーナのバラード

あらゆる要素を詰め込む本作の美学のとおり、敵役もあふれ返っている。マフィアのカーマイン・ファルコーネ(ジョン・タトゥーロ)、臆病な地方検事のギル・コルソン(ピーター・サースガード)、犯罪組織のボスに上り詰める前のペンギン(エンディングのクレジットを見るまで、コリン・ファレルだと分からなかった)。

男ばかりの世界に登場するアンチヒロインのセリーナ・カイル(ゾーイ・クラビッツ)は、キャットウーマンとしてゴッサムの路地を徘徊していないときは、ペンギンのナイトクラブで働いている。

『バットマン・リターンズ』でミシェル・ファイファーが演じたセクシーな捕食者ではなく、残酷な子供時代を生き抜いた苦悩を抱える女性で、ブルースのソウルメイトになっていくのもうなずける。

荒廃した非道徳的なディストピアというゴッサムのイメージは「ダークナイト」に重なるところもあるが、監督のマット・リーブスは独自の映像センスを発揮。序盤の謎めいたショットが続くシーンは、雨にぬれた街並みやネオンに照らされた食堂が、エドワード・ホッパーの絵画のような孤独な世界を連想させる。

シンプルだが効果的なサウンドトラックは、2つの音楽を繰り返し使っている。シューベルトの「アベ・マリア」は短調の哀歌にアレンジされている。ニルヴァーナの物悲しいバラード「サムシング・イン・ザ・ウェイ」は、パティンソンが演じるカート・コバーン風のヒーロー像を際立たせる。

全体として、『ザ・バットマン』はテーマやストーリーよりムードやトーンを優先している。特にリーブスらしいのが、陰鬱な夜空を背景にしたバットマンのシルエットだ。ノーランが注目した現代の政治的寓話や、ザック・スナイダー監督の『ジャスティス・リーグ』のような筋肉ムキムキのアクションは好まない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ブラックストーン、「めちゃコミ」運営のインフォコム

ビジネス

シェル、LNG会社パビリオン・エナジー買収へ テマ

ワールド

タイ裁判所、タクシン元首相の保釈許可 王室に対する

ワールド

豪中銀が政策金利据え置き、追加利上げ排除せず イン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:サウジの矜持
特集:サウジの矜持
2024年6月25日号(6/18発売)

脱石油を目指す中東の雄サウジアラビア。米中ロを手玉に取る王国が描く「次の世界」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は「爆発と強さ」に要警戒

  • 2

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 3

    えぐれた滑走路に見る、ロシア空軍基地の被害規模...ウクライナがドローン「少なくとも70機」で集中攻撃【衛星画像】

  • 4

    800年の眠りから覚めた火山噴火のすさまじい映像──ア…

  • 5

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 6

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 7

    中国「浮かぶ原子炉」が南シナ海で波紋を呼ぶ...中国…

  • 8

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 9

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 10

    水上スキーに巨大サメが繰り返し「体当たり」の恐怖…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…

  • 5

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 6

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 7

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 10

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 8

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 9

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 10

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中