最新記事

海外ノンフィクションの世界

人生は長距離走、走ることは自らと向き合うこと──走らない人の胸も打つウルトラトレイル女王の哲学

2022年3月1日(火)16時55分
藤村奈緒美 ※編集・企画:トランネット
リジー・ホーカー『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』

2010年のUTMBを走るリジー・ホーカー ©Damiano Levati(『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』より)

<トレイルランニングが人気だが、なぜ人は過酷な山道を走るのか。「ウルトラトレイル女王」ことリジー・ホーカーは、自分の走りを巡礼や修行になぞらえる>

毎年8月、ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(略称「UTMB」)という大会がヨーロッパで開催される。アルプスの名峰、標高4808メートルのモンブランを1周する約170キロメートルの山道(トレイル)を走る、過酷なレースだ。

平坦な道であっても信じられないほどの距離なのに、山道を170キロも走るなんて正気じゃない――そんなふうに思う人は多いかもしれない。だが日本でも最近、トレイルランニングの人気は高まっており、「トレイルランニング」を冠した大会の数も増えている。

UTMBはその最高峰の大会。ちなみに日本でも、ウルトラトレイル・マウントフジという姉妹大会が毎年あり、今年も4月下旬に富士山で開催予定だ。

人はなぜ、走ることに魅了されるのか。それも、苛烈な山岳地帯を170キロも――。

モンブランのUTMBで女性として5回の優勝を果たしたほか、100キロメートル走、24時間走、スパルタスロン等、数々の長距離レースを制した「女王」がいる。リジー・ホーカー、1973年、イギリス生まれ。彼女が自らの体験や思索をつづったのが、『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』(筆者訳、草思社)である。

trannet20220301run-2.jpg

2008年のUTMB、ゴールラインへ向かうホーカー ©The North Face Archive(『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』より)

幼い頃から山が、そして走ることが大好きだったホーカーは、雑誌でたまたまUTMBのことを知り、博士課程修了後の休暇を山で過ごしたいというごく軽い動機で参加する。たいした経験も本格的な装備もないまま走るが、思いがけず女性第1位でゴール。ここから彼女のランナーとしてのキャリアが始まる。

ホーカーを駆り立てるのは、優勝したい、記録を塗り替えたいという野心ではない。その心をとらえるのはむしろ、大自然の中を走ることで味わえる自由、そして自らの限界への挑戦だ。

彼女は自分の走りを巡礼や修行になぞらえる。彼女にとって、走ることは自らと向き合うことなのだ。

trannet20220301run-3.jpg

アマ・ダブラムを背にヒマラヤの「天空」を走る ©Alex Treadway(『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』より)

スポンサーを得て長距離ランナーとして活躍しながらも、ホーカーは常に「自分はなぜ走るのだろうか」と問わずにはいられない。

その答えを探るべく彼女が選んだ方法は、エベレスト・ベースキャンプからカトマンドゥまで、約320キロの厳しい道のりを走ることだった。悪天候や疲労に悩まされながらも、友人たちのあたたかいサポートを得て走り抜く。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ビジネス

アップル、1─3月業績は予想上回る iPhoneに

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中