最新記事

BOOKS

「私の20年を返してほしい」53歳ひきこもり女性──8050問題をめぐる家族の事情

2020年5月13日(水)18時35分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<病気の姉を罵り、止めに入った母親に暴力を振るうひきこもり女性の言い分。だが中高年ひきこもり問題は、ただこうした人たちを否定するだけで済むような問題ではない>

2019年5月に起きた「川崎市登戸・無差別殺傷事件」、そして翌月の「練馬区・元農水事務次官による長男殺害事件」がきっかけとなって、「8050問題」に注目が集まるようになった。

「8050問題」とは何か、『8050問題――中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(黒川祥子・著、集英社)の著者は次のように解説している。


文字通り、80代の親が50代のひきこもりの子を抱えている家庭、そしてそこから派生する問題を指す言葉だ(同じ趣旨で、70代の親が40代のひきこもりの子を抱える家庭を指す「7040問題」という言葉もある)。1990年代後半から顕在化してきた若者のひきこもり問題が、解決せぬまま長期化、当事者が中高年に達し、高齢の親の問題と併せて、今、深刻な社会問題として浮上してきている。(「はじめに」より)

2019年3月29日に内閣府が発表した調査結果によると、自宅に半年以上閉じこもり、外出時にも社会との接点を持たない40歳から64歳までの「中高年引きこもり」は推計で約61万3000人いるという。

7割以上が男性で、ひきこもり期間7年以上の者が約半数。注目すべきはその人数だけではなく、15歳から39歳までの「若者」のひきこもりの推計人数54万1000人を、40代以上が上回ったことだ。

かつて、ひきこもりについては少なからず「若者の問題」と思われているふしがあったのではないだろうか。ところが、彼らのひきこもり状態はいつしか長期化し、当事者の高齢化と相まって社会に衝撃を与えることになったわけである。

実は(日常的な交流こそないとはいえ)、私の決して遠くはない距離にも、親のもとでひきこもりを続けている中高年がいる。本音を言えば、言い訳を綴った手紙やメールを送りつけてくるその人に、言いようのない不快感を抱いたことも過去にはあった。それは認めざるを得ない。

だが本書を読むと、中高年ひきこもり問題は、ただ彼らを否定するだけで済むような問題ではないことが分かる。

重要なポイントは、著者がここで「8050問題」を"家族"という視点から考えようとしていることである。多くの当事者たちと出会うなか、「ひきこもりというものは家族のあり方と切っても切れない問題だ」と考えるに至ったというのだ。

当然ながら、そのあり方は家族ごとに千差万別だろう。事実、ここに出てくる7つの家族のケースは、それぞれ事情や関係性が異なっている。しかし同時に、「8050問題をめぐる家族の事情」という意味において共通しているとも言える。


「私と父とは考えも価値観も全く違うのに、私は一方的に父の考えを押しつけられてきたんです。本当はピアノを教えて働くことができるのに。私の20年を返してほしい」(18ページより)

冒頭に登場する千秋(仮名)という女性は、そう主張する。53歳になるまでの20数年間、社会と一切接することなく、自宅で一人、ひきこもって暮らしてきたという。ところがいつも上質なブラウスにフェミニンなスカートといった装いで、一人でひきこもっているとは思えないルックス。そして話をしてみれば、奇妙な"ズレ"に気づくことになるそうだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国、総合的な不動産対策発表 地方政府が住宅購入

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ビジネス

中国平安保険、HSBC株の保有継続へ=関係筋

ワールド

北朝鮮が短距離ミサイルを発射、日本のEEZ内への飛
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中