最新記事

BOOKS

自分を捨てた父親を探したら、殺人鬼だった

未解決事件の犯人の息子が綴った衝撃的ノンフィクション『殺人鬼ゾディアック』

2015年10月4日(日)14時40分
印南敦史(書評家、ライター)

『殺人鬼ゾディアック――犯罪史上最悪の猟奇事件、その隠された真実』(ゲーリー・L・スチュワート、スーザン・ムスタファ著、高月園子訳、亜紀書房)は、非常に精度の高いノンフィクションだ。それもそのはず。著者は、1960年代末に全米を震憾させた殺人鬼"ゾディアック" ことアール・ヴァン・ベスト・ジュニアの実の息子なのである。そんな著者が、2012年末に父親に関する事実を突き止めるまでの軌跡を遡るかたちでストーリーは進行していく。


 ベビーベッド代わりに使っている家族伝来の古い旅行かばんのもとに急いで行って、素早く重い蓋を開けると、赤ん坊の私が唇を青くして横たわっていた。
 かろうじて息をしている。
 それはほぼ毎日起きていた。
 母は私を抱き上げ、私が空気を求めてあえいでいる間、静かにさせようと心配そうに前へ後ろへと揺すった。(中略)「泣き声を聞くのがうんざりなんだよ」ヴァンは言った。(120ページより)

 第一章「アイスクリーム・ロマンス」を読み進めていくと、(少なくとも母親にとっては)望まれない子どもとして誕生し、両親の不和を目の当たりにしながら育ったヴァンが、その過程においてモラルや常識の欠如した人間性を身につけていくことがわかる。

 その最たるものが、実の息子である著者へのこうした仕打ちだ。そこに一切の愛情はなく、やがて彼は、生まれたばかりの著者を旅行かばんに押し込めるだけでは飽き足らず、持てあまして捨てに行ってしまうのだ。

 そして以後もヴァンは、多くの人を騙し、裏切りながら年齢を重ね、やがて殺人鬼としてその名を知らしめていく。印象的なのは、彼が自分の明晰さを自覚し、しばしばそれをアピールしてみせたことだ。しかし、その背後に見え隠れするのは強烈なコンプレックスだ。誰にも認められないまま育ったことが、彼をそうさせたのかもしれない。もちろん、そんなことは決して理由にならないけれど。

 ヴァンは犯行声明文にこう書く。


 こちらゾディアック。一〇月末までに私は七人を殺した。(中略)警察は絶対に私を捕まえられない。なぜなら私のほうが彼らよりはるかに頭がいいからだ。(中略)憔悴した豚どもをからかうのは楽しい。(中略)おい、豚、お前らの間抜けぶりをこんなにも思い知らされて、ムカつかないかい?(229~230ページより)

 さて、一方の著者は、捨てられたのち養父母に育てられることになるのだが、2002年5月に実の母親が生きていることを聞かされる。そしてそこから、父親の実態に迫ろうとする10年間がスタートするのだ。もっとも衝撃的なのは、著者が突然「そのこと」を知ることになる2004年7月31日の記述だ。


 あの日のことを、あの体の中を恐怖が突き抜けていく感覚を、私はまるで昨日のことのように覚えている。(中略)私はリビングルームに行き、椅子に座り、テレビのリモコンを取り、チャンネルをどんどん進めてA&Eチャンネルに合わせた。私は犯罪のドキュメンタリーが好きだが、そのときは迷宮入りしたゾディアック殺人事件の特番をやっていた。その連続殺人について私は何も知らなかったので、面白そうだと思った。
 人生が変わるとは思わなかった。
 それは一瞬のうちに起きた。(308~309ページより)

 テレビに映し出されたゾディアックの似顔絵が、自分に、いや父親であるヴァンにそっくりだったのだ。こうして父親が歴史的な殺人犯――それも犯人不明でいまだ未解決の連続殺人事件の犯人――だったことを知った著者は、さまざまな手段を使って捜査関係者、遠い親戚、あるいは父親の学生時代の友人などを探し、ゾディアックの本質に近づこうとする。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル外相「終わりなき戦争望まず」、終結時期は

ワールド

米国防長官、イラン攻撃「最も激しい日に」 最多の戦

ワールド

イランの「黒い雨」、WHOが健康被害を警告 

ワールド

欧州委員長、原発縮小は「戦略ミス」 化石燃料依存に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開された皇太子夫妻の写真が話題に
  • 4
    「一日中見てられる...」元プロゴルファー女性の「目…
  • 5
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 6
    人間ダンサーを連れて「圧巻のパフォーマンス」...こ…
  • 7
    身長や外見も審査され、軍隊並みの訓練を受ける...中…
  • 8
    ホルムズ海峡封鎖、石油危機より怖い「肥料ショック」
  • 9
    トランプも無視できない? イランで浮上した「危機管…
  • 10
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 4
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 5
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中